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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(6月19日)


うたの日

6月19日のお題は「罪」「箸」「接」「下ネタ」「武勇伝」でした。

ついこの間も「箸」で出したんですが、
再びの「箸」に、
再チャレンジしてみました。

あいまいな気持にも名をつけたがるあなたのきれいな割り箸づかい(しま・しましま)
割り箸で何かを食べるって、
例えば市販の弁当を食べる時とかカップめんを食べる時とか
めっちゃプライベートな方向の時と、
ちょっと雑めの会食(折り詰系とか)の場合がありますよね。
そのどっちの場面でも、
ちゃんと割り箸を扱える人って、
なんかすごいなって思ったりします。
絶対に真ん中からぱっきり割れる人とかね。
わたしの狭い世界でいえば、
そういう人って、ちょっとめんどくさい人が多かったりして、
すごいけど、すごいけどね、ってなったりします。

ハートを入れたうた。
西村湯呑さんの
わたくしの取るに足らない日々だけど箸をおろさず聞くひとがいる
このうたの感想なんですが、
うたの日の他の方のコメントを見て、
あれれ……ってなりました。
うーん、そうか、
わたしズレてたかなぁと。
「わたくしの取るに足らない日々」「だけど」
「箸をおろさず」「聞くひとがいる」
自分のちょっとした話なんかを、
聞いてくれる人がいる
ってうたと思いますが、
「だけど」と「箸をおろさず」の部分で、
解釈が違ってるなぁって。
「箸をおろさず聞く」ってどういう状態なんでしょうね。
わたしは、
「箸をおろす」っていうと、
食べるのをやめるような感じがするんで、
「箸をおろさず」は、
逆に食べるのをやめない感じって受け取りました。
食べ続けながらも、ちゃんと聞いてくれる、みたいな。
でね、
「取るに足らない日々」を送る自分の話を、ながら状態で聞く
っていうだけなら、
「だけど」っていう逆接には普通ならないですよね。
この「だけど」には、
主体がうれしいと思う気持が込められてるんだと思うので、
「箸をおろさず聞く」ことが、
主体にとってはうれしことなんですよね。
っていうことは、
さりげなく、食べながら聞いていてくれることがうれしい、
みたいな感じなのかなって思います。
自分の「取るに足らない日々」の話を、
聞いてないようでもちゃんと聞いてくれてる人がいる、
だから「わたくしの取るに足らない日々」ではあるけど、
幸せな日々なんだ、
みたいなうれしさを詠んだうたって思いました。
この話し相手、
自分の話を、食べる手を止めて、
真正面からじっと耳を傾けてくれる、
というほどではないところが、
いいんだろうなって思うと、
すっごく距離の近い人か、
自分に興味を持ってくれてはいるけど、
食いつくほどに自分のことを知りたがってるほどではない人か、
どっちかかなぁって想像します。
聞いてないかと思ったら、
後から、「あの話さぁ」とか言い出して、
あ、聞いてくれてたんだ、とかっていいなぁって思います。

音符を入れたうた。
太田青磁さんの
割り箸のピストルを手に携えてちびっこギャングら荒野を歩く
一読して、かわいいなって思いますね。
(心の中では)
ワイルドサイドを悠々と歩いてる
(つもりになってる)
幼い子供たちの
その手には割り箸で作ったピストル。
うおっかわいい!
ってなりました。
で、
このうたでは、
まず「割り箸のピストル」が先に提示されてるところが
面白いなって思いました。
割り箸でつくったピストルって
形を似せただけのものでも
ちゃんと輪ゴムが飛ぶタイプのでも、
正直、ちょっとピストルというには
不細工だったりしますよね。
それでも大満足で、
すっかりその気になってるという。
大人目線で見ると、まずその手作りピストルが目に入っちゃう
っていうのが自然な感じ。
結句が「荒野を歩く」がまたいいですよね。
たぶんこの「荒野」はちびっこたちの心象風景なんだろうな
って主体が思ってるんだと思うんですが、
同時に、
今は心強い武器を携えて歩いてる荒野だけど、
いつかは「割り箸のピストル」から卒業して、
丸腰で荒野を歩いていかなければならない
そんなちびっこの未来への大人からのエールにも
思える……
っていったら深読みしすぎでしょうか。
ただ、
「ちびっこギャング」という表現は、
わたし的には残念だなぁって気がします。
すでに面白っぽい意味で流通しているフレーズで、
せっかくの「割り箸のピストル」の面白さが
「ちびっこギャング」で薄れるような気がするような……。
大塚亜希さんの
二人暮らせば二膳で足りるおそろい桧の箸でたぐるボンゴレ
は…破調なうただなぁって
まず思いました。

「二人暮らせば二膳で足りる」
「おそろい桧の」
「箸でたぐるボンゴレ」
って切って読むのかな……

「二人暮」「せば二膳で足」「りるおそろ」「い桧の箸」「でたぐるボンゴレ」
で57577?
いやそれは無理すぎる……
でも、面白いから破調すぎるで切って捨てたくないな
ってずいぶん一人で唸ってました。
たった二膳しか箸がない二人暮らしの生活、
二人だから二膳、
しかもおそろい。
っていうか二膳しか箸がないんじゃなくて、
二膳の箸しかなくて、
パスタだってそれで食べちゃう
っていうの、
二人の生活を始めたばっかりの頃みたいで
楽しくないですか。
で、なんども口の上にのせてたんですが、
だんだんと
「おそろいひのき」という語感が
楽しくなってきて、
「箸でたぐるボンゴレ」の字余り気味な感じも
「ボンゴレ」の「ボン」の弾む感じが
重くさせてないなぁ
とか、まあ色々思ったわけですよ。
ところが!
これが単なる入力ミスで
本当は
「二人暮らせば二膳で足りるおそろいの桧の箸でたぐるボンゴレ」
だったという!!
「の」が一つ落ちてたらしいんですが、
なんとこの「の」を一つ入れるだけで
「二人暮らせば」「二膳で足りる」「おそろいの」「桧の箸で」「たぐるボンゴレ」
と、初句字余りではありますが、
なんの不安もないどっしり定型になっているという。
一音のすごさ、
みたいなのをひしひしと感じる結果となりました。
っていうか、
「おそろいひのき」が楽しいな
って思ったわたしって……。
ちょっと恥ずかしいけど、すでにうたの日で
そうコメントしちゃったから
無かったことにもできなくて、
ここに、今顔が赤らむぐらい恥ずかしがってることをお伝えして
今日の記事を締めさせていただきます。
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