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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(6月25日)


うたの日

6月25日のお題は「利」「主」「筋肉」「誰」「ざます」でした。

誰からも見えないものを身につけて くるり 時々翻したり(しま・しましま)
童話「裸の王様」では、
「誰からも見えない」とは知らないものを
王様は身につけて歩くんですが、
「誰からも見えない」って自分自身でわかってて、
それを身につけることって
あるよなぁって思って詠んだうたでした。
ただ、
「翻したり」という結び方は失敗だったかなぁ。
そう、完了の「たり」と思われる可能性あるなって
うすうす思ってはいたんですが、
結句字余りにして「翻したりする」とかするのも
うーん、どうかなぁって
ちょっと煮え切らない感じになっちゃって、
「ひるがえしたり(つまんでみたり、いろいろやってる感じ)」
をぶった切ってみてもいいか、
っていう気持だったんですが、
うん、やっぱり結びに「たり」があると
普通は完了だと思うよなぁと
しみじみと反省。

ハートを入れたうた。
萩野聡さんの
誰といふこともないこの逢ひたさをクリアファイルにいれて仕舞へり
ふっと人恋しくなることってありますよね。
誰だれに逢いたい、みたいな特定の人に逢いたい
というのではなくて、
とにかく誰かに逢いたい、
誰かと一緒にいたいって思う気持。
「誰といふこともないこの逢ひたさを」
の、うねうね感が、
この気持にすごく合ってるなって思います。
この気持って、
じゃあ、誰かに逢ったら消えるのか
っつったら、たぶん消えるわけじゃないんだと思います。
突然襲ってくる人恋しさって
そういうやっかいでうねうねした
そんな感じがします。
で、
そんな「逢ひたさ」を
「クリアファイルにいれて仕舞へり」
っていうところがすごくいいなって思いました。
「クリアファイル」。
書類とかを一時的に入れておく感じですよね。
きちんと片付けるとか取っておくためではなくて、
しばらく持ち歩くために入れておく感じ。
主体がこの「逢ひたさ」に襲われたのは、
仕事中とか勉強中とか、
手近にクリアファイルがある状態で、
だから、すっと「クリアファイル」に入れちゃった、
という感じを想像しました。
その気持を、捨てるんでも叶えるんでもない、
何も決着をつけないままなんだけど、
とりあえず、今はちょっとだけ大事にクリアファイルに挟んでおく。
当座の処理みたいな感覚に「クリアファイル」って
めっちゃ合うなって気がします。

音符を入れたうた。
あかねさんの
ぼくじゃない なにかがぼくのふりをして「先に行くよ」と靴をそろえる
面白い状況を詠んだうただなって思いました。
っていうか、
面白い状況がいろいろと想像させられるうたでした。
なにもかもが謎な感じで、
それがめっちゃ「誰」?な感じがしました。
ええと、
まずわたしがこのうたで想像した状況を書きますね。
「ぼく」が靴をそろえながら「先に行くよ」
といってる。
でも、「ぼく」はここに居て、
それを見てるんだから、
「先に行くよ」と言う「ぼく」は、
「ぼく」の振りをしたぼくではない誰か。
で、「ぼく」自身は、
「ぼくじゃない」!って言うんだけど、
たぶんこれは誰にも聞こえてない叫びなんだと思います。
自分の日常を自分以外のなにかに乗っ取られてしまう、
みたいな不条理系のお話のワンシーンのようにも見えますが、
「先に行くよ」で
「靴をそろえる」
ってところに違和感があります。
うーん、これは玄関で言うようなセリフですが、
もしかして玄関ではないのでは?
って気がします。
「先に行くよ」の「行く」って
「逝く」ってこと?
とか想像しちゃいますね。
としたら、
「先に行くよ」って誰に言ってるの?
本当の「ぼく」へ、というわけではなさそうだし、
その場に言ってる相手がいれば、
きっと必死に止めてると思うんで、
その場にいない人へ、
そう呟いてるってことなのかも。
いやいや、
「ぼく」じゃない誰かが「ぼくのふり」をして
自殺するとかどう言う事なの?
ていうか、
「ぼく」じゃない誰かが「ぼくのふり」をして死んだら
本当の「ぼく」はどうなっちゃうの?
正直なところ、
死にたいネタのうたって嫌いなんですが、
このうたは
少なくとも初句で「ぼくじゃない」っていうことは
今死にたいのが「ぼくじゃない」らしいってことなので、
ありかなぁって思いました。
この誰かが「ぼく」の深層心理、ってことはあるかも知れないけど、
でも実際「ぼく」は死にたくなくて大慌てっぽいですし。
って
深読みだけでここまで引っ張ってしまって、
本当はそういう状況ではない
という可能性も多分にあるんですけれども。
単純に(たんじゅん?)
玄関で、
「先に行くよ」って言いながら、
恋人の靴もそろえてあげてる、
みたいな、
本当の自分は蚊帳の外で、
恋人といちゃいちゃしてる誰かを見せられてる
みたいな状況かも知れないし、
それはそれで怖くて面白いなぁって思います。
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