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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(6月28日)


うたの日

6月28日のお題は「吸」「肌」「幻」「仕事」「寺」でした。

まぼろしの風邪をまとえば缶詰のもものシロップかすかににがい(しま・しましま)
朝は本当に具合が悪い感じで、
学校を休んだのに、
お昼前から実はなんとなく体調がもどちゃって
でも風邪でお休みしたから、
夕方まで風邪で具合が悪いふりを続けてしまった
みたいなことないですか?
うちは共働き家庭だったんですが、
父親の職場が自宅だったこともあって、
ちょっと具合が悪いと家で休ませることを躊躇しない方針で、
こういう微妙に落ち着かないパターンもありました。

「幻」という題での選、
むずかしかったですね。
なにせ「幻」のうたが24首も並ぶわけです。
だんだんと、何が具象で何がイメージで何が比喩なのか
わからなくなってしまった
というのが正直なところでした。
「幻」酔いしてしまった、とでも言いましょうか。

ハートを入れたうた。
すみちゃんさんの
幻の部位が交互に現れてTwitterでも夏至のよろこび
はっきりと歌意は掴みきれないけど、
「夏至のよろこび」に、
なにか強く訴えるものがあるなぁって
ハートを入れました。
以下は(かなり強引に)わたしが連想したもので、
作者の意図とはかけ離れてるかも知れませんが、
こんな感じに受け取って、
そこが好きだなって思いましたというところを。
「幻の部位」ってフレーズから、
お肉の部位で希少な、美味しい部位が
わーっとうかんできました。
といっても、
美味しいお肉をよく食べるという訳ではないので、
SNSに人さまがアップされたお肉画像で。
これが「交互に現れて」で、
瞬間瞬間で興味が切り替わる
ネットとかSNSの取りとめのない感じ
とかとあいまって、
ちょいちょい挟まってくる「幻の部位」画像に
心をその度に軽く奪われる人
みたいなのをイメージしました。
っていうか完全にわたしのことでした。
ネットとかSNSと書きましたがぶっちゃけTwitterですね。
一首をぱっと見た時に、
一番最初に目に入ってくるのがこの
「Twitter」という言葉なので、
どうしてもそれを念頭に置いて他のフレーズを鑑賞しちゃいますし。
横書きは左端から、縦書きは上から読む
というのはお約束ではありますが、
最初に目にはいるフレーズが最初に読むべき場所にある
とは限りませんよね。
「幻の」「部位が」「交互に」「現れて」
のきびきびした語感もあって、
スピーディな感じがありました。
で、そこから
「Twitterでも夏至のよろこび」
ですこしゆったりしたリズムに切り替わるような
そんな感じがします。
「夏至のよろこび」
って、具体的にはなんでしょう。
色々あるかもですが、
やっぱり夏季に入ったよろこびかなぁって思います。
「夏至」→「夏だよ!」→「恋の季節だよ!」→「肉食だよね」
みたいな連想ゲームをしちゃいましたが、
別に恋に絡めなくても、
生命感みたいなものと肉食イメージから
「夏至のよろこび」って
内側からふつふつと湧いてくるもの、みたいな感じに受け取りました。
「夏至だから」と断り書きがしてあるわけではなくても、
夏至の日にTwitterに溢れるお肉画像を眺めて、
ここでもやっぱり生命感に溢れてるなって
そう感じた、
みたいな作品かなぁ、いいなぁ
て思ってハートをいれました。
「幻」というお題であって、
こんなに瞬発力の強い感じってステキとか思いました。

音符を入れたうた。
あかねさんの
ねえ、先生。ぼくは「努力が報われる」って話、まだ信じているよ。
「先生」に呼びかけながらの、やわらかい語り口調なんですが、
ほんのりと余韻に苦いものが感じられて、
そこが魅力的だなって思いました。
「まだ信じてる」
ということなので、
たぶん、もう信じてない場合でもおかしくはない
そんな立場にいる人なんじゃないかと思います。
「努力が報われる」とは限らない、
そんなものは努力させるための人参でしかなくって、
しかもそれは絵に描いた人参なんだろ
みたいな気持になっていてもおかしくない、
そんな「ぼく」なのかなって気がします。
「ねえ、先生。」
っていう呼びかけがいいなって思います。
この先生は特定の先生が念頭にあっての、「ねえ、先生。」
な、気がします。
この先生が、「努力は報われる」説を口にした人なのか、
「努力は報われる」なんて幻だよって説をつねづねしてた人なのか、
そのあたりはわかりませんが、
「(それでも)」って気持が、
「ねえ、先生。」って呟かせたのかなって思いました。
所さんの
幻のかけらのような猫の爪拾うあなたの指をみている
「猫の爪」って、時々部屋のすみとかに落ちてますが、
ちょっと白っぽくくすんだ透明な三日月形で、
「幻のかけら」と言われると、
あー、なんかわかる、たしかに!
みたいな感じがします。
この表現がとにかくステキで、
このうたに票を入れたのも、そこがポイントでした。
着地点が
「あなたの指をみている」なのが
ちょっと残念な感じがします。
あ、そっちなんだ
という肩透かしみたいなものを
感じてしまって。
でも
「猫の爪」が「幻のかけら」って
ホントすてきな比喩でした。
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