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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(6月30日「アニメソング」)


うたの日

引き続き6月30日の感想書いてます。
今日は「アニメソング」

ハートを入れたうた。
たくあんさんの
父さんは今日もどこかでデビルマンしてきたらしく疲れた様子
「今日もどこかでデビルマン」。
この昭和懐かしいアニメソングと、
疲れた様子の「父さん」がめっちゃマッチしてます。
ちなみに、
「今日もどこかでデビルマン」は、
知らない方も想像がつくとは思いますが、
「デビルマン」のエンディング曲です。
「だーれもしらない 知られちゃいけーないー」
で始まるアレです。
うたの最後が「今日もどこかでデビルマン」
というフレーズなんですが、
この歌のタイトルも、
「今日もどこかでデビルマン」なんですよね。
ちなみに作詞は阿久悠。
と、寄り道してしまいましたが、
この「今日もどこかでデビルマンしてきたらし」いお父さん。
何をしてきたんだろう
色々想像が広がって楽しく、
そしてちょっと悲哀が感じられていいなって思いました。
この「今日もどこかでデビルマン」というフレーズの
入れ方が上手いんだなぁ。
しかしホントに何したんでしょうね。
そういえば、
「今日もどこかでデビルマン」の歌詞も、
ほとんど何にもデビルマンについて言ってないんですよね。
秘すれば花とかいう言葉もありますが、
わからないところがいいんでしょうね。
お父さんのこと労ってあげてほしい、
そんなうたでした。

音符を入れたうた。
フジタレイさんの
駅前で道を訊かれるパリまでの 道はとおいよペリーヌ、バロン
「ペリーヌ物語」の主題歌ですね。
エクトール・アンリ・マロの二大児童文学、
「家なき子」と「家なき少女(娘)」のうちの、
「家なき少女」を原作としたアニメで、
父を亡くした後、
母親と共に父のふるさとであるパリを目指す少女ペリーヌの物語です。
「道はとおいよペリーヌ」ってフレーズが、
このアニメの主題歌の中にあるんです。
それにしても
「駅前で道を訊かれる」のは、まああることかも知れませんが、
その目的地が「パリ」っていうすっとんきょうさが
めっちゃ楽しい歌です。
どこの「駅前」かはわかりませんが、
たぶんパリはめちゃめちゃ遠いでしょうね。
駅前で道を訊かれるという、日常的に起り得ることの中に、
するっと「パリ」という異物が入り込んで、
非日常になってしまったところに、
唐突なペリーヌ物語って面白すぎるなって思いました。
そして、最後に「バロン」の名前が、
ペリーヌの名前と共に呼ばれるところにぐっときます。
このバロンっていうのはアニメ「ペリーヌ物語」で、
ペリーヌと一緒に旅をする犬。
エンディング曲はこのバロンを歌ったもので、
おお、エンディングまで髣髴とさせちゃう?
と思って余計にうれしくなってしまいました。
木村比呂さんの
炎天下ン・パカ マーチで歩いてるときのわたしは わたしは 不在
まず、「ン・パカ マーチ」っていうチョイス
そこにおおってなりました。
福永令三の児童文学「クレヨン王国」シリーズをアニメ化した
「夢のクレヨン王国」の主題歌ですね。
アニメって大人が楽しむこと前提で作られたものが
最近は大多数な感じがしますが、
このアニメは、あきらかに子供が見るためのものって感じがします。
なので、
放映当時にこれを子供として楽しんでいた人か、
あるいは、子供と一緒に見ていた大人、
なのかな。
それぞれ立場が違うんで微妙に違うかもですが、
ほんのりとした郷愁みたいのが
漂う曲チョイスって気がします。
炎天下、ただひたすら歩かなきゃいけないときに、
頭の中で一つの曲が延々とループしてる
みたいなことって
けっこうあることだと思います。
だんだんと無我の境地(?)にさしかかってきて
自分の中の「わたし」が消えてしまって、
シルバー王女と一緒に歩くだけ装置みたいになっちゃう
みたいな感じが想像されました。
ところで、
読んでいて、
なんとなく二句目字余りっぽいなぁ、
って思ってたんですが、
「ン・パカ マーチ」の「・」に、
ついうっかり一音分使っちゃってるからだ
って気がつきました。
この字余りしてないのに字余り感って面白いなぁ。
所さんの
アニソンに迂回して5曲ほんとうに「キスしてほしい」こと届かない
「アニソン(アニメソング)」という題を詠み込んで、
メインが違う曲っていうところが面白いです。
五曲も迂回して、やっと心を決めて歌った、
願いをこめた曲、
だけど相手にはその真意が届かなかった
みたいな歌意なんだと思うんですが、
めっちゃ不器用な人なんだなって
微笑ましくなりますね。
ていうか、
そもそも「キスしてほしい」で
「キスしてほしい」ことが伝わるものなんでしょうか。
そういうところも含めて
回りくどくて不器用なところが
可愛らしいなって思いました。
字余り、句またがり、助詞ぬき
それらも不器用さの表われなのかも。
ちょっと盛り込みすぎたような気もしないでもないですが。
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