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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(6月30日「骨」)


うたの日

6月30日に投票したもの、
最後に「骨」です。
もう4日も前のやつですよ。

ハートを入れたうた。
坊斎さんの
身離れの悪い魚だきっちりと食い込んでいる生きていた骨だ
「身離れ」、
人間が調理して食べる時に魚に与える評価の一つですね。
その「身離れ」が「悪い魚」というのは、
食べる者にとって都合の悪いことを、
その魚が生きていた頃の、
「生きていた骨」へ思いを寄せて考える
っていうところがステキだなって思いました。
実際のところ、このうたの説が正しいのかどうかわかりませんが、
確かに間違いではない「生きていた骨」。
とにかくハッとさせられるのは、
「身離れ」というフレーズで
離れていく方の「身(肉)」の方ではなくて、
残される方の「骨」に注目されてるところ。
「~だ」「~だ」という並列な並べ方をして、
「身離れの悪い魚だ」(死後・全体)
「きっちりと食い込んでいる生きていた骨だ」(生前・骨)
と提示されているところも
とても印象的なうたでした。

音符を入れたうた。
高松紗都子さんの
ひっそりと芝生に尾骨しずませて七月を呼ぶ風に吹かれる
きれいなイメージがうかぶ涼しげなうた
って感じがします。
尾骨がしずむってことは、
ある程度伸びた芝生でしょうか。
そうすると、
芝生に風が吹き渡る様子とかも
ありありとわかるんでしょうね。
天使きらりさんの
腰痛に悲鳴を上げる処置室に骨格模型ゆらゆら揺れる
腰ってやっぱり体の中の要の部分なんだなって
腰痛になると思いますね。
ここが痛いとほぼ動けなくなるので。
ちょっと動いただけでも思わず悲鳴を上げてしまうような
ひどい腰痛のために行った病院の処置室。
そこに置かれた骨格模型が「ゆらゆら揺れる」のを
動けない主体はどう見たんでしょうね。
骨格模型ですから、それこそ固定されてて動けないはずですが、
風か何かでちょっと揺れたのを見て、
今の自分よりも動ける、
自由な感じみたいなものを感じたのかなって思いました。
ほんのりとしたユーモアがあって
すきなうたでした。
姉野もねさんの
捨てられたチキンの骨がカタカタとぼくを迎える深夜のキッチン
ちょっと怖いような、
どこかファンタジックな感じがするのは、
「深夜のキッチン」で「ぼくを迎え」てくれてるからでしょうか。
うたの日でちらっと書いたんですが、
わたしはこのうたを一読して、
以前読んだ童話を思い出しました。
よく考えると、全然このうたとは違うんですが、
骨を拾ってきて、これでスープをつくろうって思う、
なかなか凄い発想の持主のおばあさんのはなしで、
「骨がカタカタ」「深夜のキッチン」辺りのフレーズで
それを思い出したのかも知れません。
それにしても、
このうたも不思議なファンタジックさがあって、
そこが魅力的です。
食べ終わった後の「チキンの骨」、
しかもすでに「捨てられたチキンの骨」は、
「ぼく」を何に誘うんでしょうか。
でも、何があってもおかしくないような
そんな気がするのは「深夜のキッチン」ならではかなぁ
とか思います。

ということで、長々と書いてきたうたの日6月30日分はおしまいです。
またうたの日に出詠したら、
ここで票を入れたうたについて感想を書きますが、
しばらくはお休みです。
またいつか。
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