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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(10月3日)


10月3日のお題は「減」「だけ」「遠」「どや顔」でした。

「だけ」
だけどまったく会わないわけにもいかなくて湯豆腐みたいにかすかな会釈(しま・しましま)
シュンイチさん、真香さん、ナタカさんから評をいただきました。
所在無さとかへんな雰囲気とか、伝わったみたいでうれしいです。
なにせ、所在無さにかけてはベテランなので。

ハートを入れたうた。
ふたりさんの
しましまのきれいな石を拾いましたそれが全ての夏の絵日記
ええ、たしかに
「しましま」に目をひかれたという点は否めないところです。
でも、挨拶票とかじゃないですよ。
なんていうか、
ドラマが詰まってるなーっていうところが
とても好きです。
うたの日のコメントにも
拾われたから票を入れたというわけではないんですが、たった一行の夏の絵日記っていいなって思いました。夏の思い出じゃなくて、夏の絵日記。石を拾った話の背景や、絵日記にしなかったその他の夏の出来事などに想像がひろがります。
と書きましたが、
言葉にされてないドラマがある気がします。
「夏の絵日記」に
「しましまのきれいな石を拾いました」
って書いてあって、それが全てだった
という短歌も絵日記帳もとてもシンプルな作品。
だからこそ、
読者に色々想像することを許してくれるようで、
実際あれこれ想像するかどうかは別として、
その可能性が広がるところがすごくステキだなって思いました。
「しましまのきれいな石」
と、読み始めてまずこんなステキなモノが登場して、
それが「夏の絵日記」と締められることで、
最後に絵日記帳が見えてくる。
アニメのエンデイングの最後の画像とか、
何か象徴的なモノが
ぽつんとスポットライトを浴びて残されてる
みたいなの、ありますよね。
ああいう視覚的な余韻がこのうたにはある
ような気がします。

音符を入れたうた。
冬桜さんの
好きな本だけを並べた本棚のどこを探しても「愛」の字がない
うたの日のコメントで
改めて本棚をながめて、ふと気付く「愛」の字がないこと。「本棚のどこを探しても」っていうことは、本の表紙だけじゃなくて、どこにもなかったっていうことなのかなって思いました。それでも主体は「愛」を探してみたんだなって思うと、何かくるものがありました。
と、書いたんですが、
今日になって、
うーん、もしかしたらこの「どこを探しても」っていうのは
本棚の表面、右から左まで、上から下までさがしても
っていう意味で取るほうが自然だったかなぁって思いました。
好きで買い集めた本に、「愛」という言葉のあるタイトルがない。
どんな小さな本棚だとしても、
その中身まで含めて「どこを探しても」ってほど探すって
大変ですよね。
どんだけ「愛」を見つけたい、
あるいはどんだけ「愛」が見つからないでほしいんだよ
て感じですもんね。
だからやっぱり背表紙に、ということなのかなぁ。
でもやっぱり、どっか必死に探して欲しいと思うわたしがいたりして。
話は脱線しますが、
わたしが高校生ぐらいのときに好きだったECHOESに、
「JACK」という曲がありました。
このはじまりが
「小さなJACKは背伸びをして 街をさまよい歩き
仲間とはしゃいで夜をかき分け 金切り声を上げる
上から下までひっかきまわし 持ち合わせのない愛を探して
それでも何か足りないと この道の上で朝を待ち続けている」
っていう歌詞なんです。
持ち合わせのない「愛」を探すってとこで、
この冬桜さんの短歌を見て、「JACK」を思い出しちゃいました。
ね、持ち合わせてないことは
分ってるんですよね。
だって「好きな本だけを並べた本棚」なんだから、
何が入ってるか知ってるんだから。
恋愛小説はもちろんない、
もうちょっと広い定義の「愛」がテーマの本もない。
でも、ふと、
ないはずの「愛」を改めて探してみたいくなって、
一生懸命さがしてしまう。
そういうの、なんかいいなって思いました。
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