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Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(10月5日)


10月5日のお題は「帰」「蝶」「略」「動」でした。

「蝶」
たて結び卒業したら家の中ちょうちょで足の踏み場もないの(しま・しましま)
まあ実際のところは
たて結びがなかなか卒業できないわたしなんですが。
地に足が着かないような、
ふわっとした感じと蝶って会うかなー
って思って詠みました。

ハートを入れたうた。
西村曜さんの
ハンカチの蝶の刺繍を避けて手をつたなく拭う少女のわれは
これね、
ちょっと迷ってハートを入れたうたでした。
「ハンカチの蝶の刺繍を避けて」手を拭くっていうの、
すごくいいなって思ったんです。
うたの日のコメントにも書きましたが、
少女の潔癖さと可愛いものを大事にしたいココロが
「ハンカチの蝶の刺繍」っていう
繊細な感じとすごく合ってて、
ほんとステキステキって。
まずその繊細な「ハンカチの蝶の刺繍」が来て、
それを避けて手を拭くという行為。
最後に、
「少女のわれは」と、
それが幼い頃の主体の姿で、
ふっと主体が思い出した幼い頃の記憶の中の出来事だった
っていう構成も好きだなぁって思いました。
ただ、
なんとなくリズムが悪い気がして、
そこがわたし的には残念でした。
っていっても、大幅なリズムの狂いがあるわけじゃなくて、
三句四句で句またがりがある
っていうだけなんですが、
そのためか
「蝶の刺繍を避けて」よりも「つたなく拭う」の方に
ポイントが移っちゃってるような、
そんな感じがしちゃって。
この句またがりの感じにつたなさが重ねられているのかも
って思うと、
やっぱり「つたなく拭う」がメインなのかなあ
とか、あと
「蝶の刺繍を避けてハンカチで手を拭う」と
「ハンカチの蝶の刺繍を避けて手を拭う」では
微妙に違うかなぁ
とか、色々考えましたが、
やっぱり、
あえて刺繍の部分を汚さないように
細心の注意を払いながらもたもたと手を拭いてる少女
っていうイメージがステキすぎて、
これはハートしかないなって決めました。

音符を入れたうた。
サリーBさんの
舞い込んだ蝶には知らぬふりをしてきみは静かにカードを配る
このうたの「知らぬふり」がなんか好きだなって思いました。
「知らぬふり」ってことは、
気がついてはいる、ってことが前提ですよね。
蝶の飛び方ってちょっと不安定というか
すうっと飛んだと思うと、空中でふわふわホバリングしたりして
けっこう目に付くんじゃないかなって気がします。
主体も、「舞い込んだ蝶」のことは気になってるっぽいですし。
だけど、知らん顔で静かにカードを切ってる
っていう「きみ」を
見てる主体の視線が感じられていいなって思います。
「知らぬふり」をしてるってことも分かるぐらいに、
ずっと「きみ」を見てる主体。
蝶が舞い込んでくる部屋の明るさ、
カードを配る音だけが聞こえる静かさ、
主体が「きみ」を見ているひたむきさ
っていうところがいいなぁ。

堀口万理奈さんの
セックスが手段となった日の朝に蝶の交尾はやけに目につく
蝶の交尾の季節って
夏から秋にかけてって感じでしょうか。
特にアゲハ系の蝶ってただでさえ大きくて目立つんで
交尾とか、その前の求婚行動とか目を引くんですよね。
ただでさえ。
ましてや、
自分自身に何か自身のセックスについて
思うところがあると、
余計に目についちゃう
って感じ、分るような気がするなって思います。
例えがずれてるかも知れませんが、
自分が妊娠したとたん、
今まで気がつかなかったけど、
世界には子供や妊婦さんで溢れてることに気がつく、
とかさ。
無意識に同属あるいはその真反対を探しちゃう
みたいなことってあるなぁって。
あと、
「セックス」「交尾」ときて、「やけに」っていう
ちょっとキツイ言葉が並んでるところも、
主体の心情を感じさせるような気がします。
とくに「やけに」がそんな感じ。
それにしても、
面白いなっておもったのは
「セックスが手段となった日」
ってところ。
わたしの感覚ではそんなもんなんですが、
それが主体にとってはそれまでそうじゃなかった
ってことですよね。
まあそんなものは人それぞれだからって
いう話ではありますが。

御泉水さんの
夏に見た旅をする蝶今はもう安住の地に辿り着いたか
「旅する蝶」
うん、ロマンのかたまりですよね。
アサギマダラかなって思うんですが、
このうたを見てすぐに
安西冬衛の詩を思い出しました。
てふてふが一匹 韃靼海峡を渡っていった。
この詩のタイトルは「春」
もしかしたら、この安西の蝶は、
御泉水さんの「夏に見た」蝶なのかも
とか思ったりして。
「今はもう安住の地に辿り着いたか」
自問のようにも見えるけど、
これは問いかけかなぁって思います。
夏に見た旅するという蝶への。
「今はもう」ってあるから時間的な話のようでもあるけど、
その距離や旅路の苦難とかにも思いを馳せて
どうか無事に辿り着いていて欲しい
という願いや祈りの言葉みたいで
小さい旅人へのやさしいまなざしがステキだなって思いました。
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