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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(10月14日)


10月14日のお題は「太陽」「端」「折」「ください」でした。

「端」
秋霖の傘をはみ出すつま先が蹴り上げている雨の切れ端(しま・しましま)
松岡拓司さんと久哲さんから評をいただきました。
「秋霖」は秋の雨。
ただの雨じゃなくて、長雨のことです。
雰囲気のある言葉なんで、
逆にちょっと強めっていうとか乱暴な言葉を使ってみました。

この日は7時過ぎから10時半ぐらいまで句会があったので、
票を入れるのが精一杯で、
うたの日にコメントいれられませんでした。

ハートを入れたうた。
だっきーさんの
のびのびとしたくて一人旅なのに湯船は端に座ってしまう
あるあるな楽しいうたでした。
広い温泉に浸かってるシーンとか想像すると、
面白いですよね。
もっとゆったりできる広さがあるのに、
「端に」、
しかも「座ってしまう」っていう言い方が面白いです。
「のびのびとしたくて一人旅」なのに
気が付くとつい、
みたいな
ちょっとしたトホホ感。
「座ってしまう」っていう結句の雰囲気も好きですね。
ふっと気づいてしまった、みたいな感じで。

音符を入れたうた。
むうこさんの
弁当に毎日入る卵焼きおいしい端っこ最後に食べる
うたの日の評とご本人のコメントを見ていて、
「玉子巻き」「卵巻き」って言葉が出て来るんですが、
ん、いわゆる卵焼きではないのかな?
って今ちょっと混乱してます。
「弁当に毎日入る」ってあるんで、
「卵焼き」で考えていいんですよね?
お弁当に入れる卵料理、いろいろ在りますが、
やっぱり大定番は卵焼きって思います。
だし巻きではなくて、
もうちょっと庶民的な
ちょっと甘い卵焼きとか。
で、
主体はその「端っこ」がお好きなんですね。
それを最後に食べる、と。
なんだろう、めっちゃかわいいなって思いました。
端っこがおいしいとか、
それを最後に食べるとか、
超個人的な話なんですが、
それをストレートに詠まれてるところがかわいいのかも。
「おいしい端っこ」って表現も
かわいいですよね。
「弁当に毎日入る卵焼き」の「おいしい端っこ」を/は「最後に食べる」
ていう、助詞の省き方がちょっとカタコトっぽくて
このかわいい感じを増幅させるような気がしました。
「おいしい」って人を無邪気にさせるような気がします。

アサノツキさんの
端っこで控えめにVサインする人とだいたい気が合う不思議
写真撮影とかそういう場面で、
って感じかなと思います。
たんにいつも「端っこ」にいる人ではなくて
そこで「控えめにVサインする人」
っていう、控えめだけど場の空気とかも読める人、かな。
もしかしたら、
主体自身もそういうところがある人かもとか思います。
最後の「不思議」は、
要らないかなぁって気もしますが、
「端っこで控えめにVサインする」っていう
確かにいるいるーって思うんだけど、
とっさには出てこないような人を
「端」っていうお題で出されてるのがいいなって思いました。

小川けいとさんの
吹き溜まりゴミが集まる場所がある車両の端に心の端に
風や人の動きなんかで小さな埃とかゴミとか、
そういうものが溜まる場所として
「車両の端に」「心の端に」と並べられてるところ
あっと思わせられました。
最初にぱっと電車の床の隅っこの映像が浮かんで、
次に、映像化できない「心の端」っていう
この並べ方、うまいなぁって思います。
普段生活してるときは、
そんなに気が付かないんだけど、
きっとちょっとした気がかりとか、
忘れたつもりの悩みなんかが、
心の端っこに吹き溜まってるままなんだろうなって。
それが、
先に「車両の端に」と、
映像化しやすいものを出されたことで、
よりくっきりと、
それと、最後につよく残る印象として
「心の端に」が効いてる気がします。
ちょっとだけ気になったのが
「吹き溜まりゴミが集まる場所」のところ。
「吹き溜まり」って名詞として考えると、
つまり「ゴミが集まる場所」とほぼ同意ですよね。
このうたの場合はもしかしたら
「吹き溜まる」の活用として使われてるのかもしれませんが。
でも、なんとなく違和感が残るような気もします。
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