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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(11月10日)


11月10日のお題は「自由詠」でした。

わたしは最後の部屋の「自由詠」に出しました。
さっちゃんはコアラみたいな顔だったねと言われて記憶が上書きされる(しま・しましま)

ハートを入れたうた。
梶原一人さんの
船を待つ待合室の長椅子にいつまでもある父の外套
わー、これいい!
って思って、
うたの日のコメントも思わず文字数多めになっちゃいました。
全文引くと
なんとも言えない静けさがあって、とても惹かれるうたでした。
自宅でもなくて、いつも立ち寄るような場所でもなさそうな「船を待つ待合室」(この言い方については、もしかしたらもっと良い言葉があるのかも知れませんが)に、「いつまでもある」という長すぎる時間と長椅子にある外套という父の不在を示すもの。どこへ行くための何の船なんだろうって気になりました。
ね、ながーい。
「待合室の長椅子」「父の外套」
どちらも、きっと年代ものと言ってもいい、
使い込まれたものなんだろうなとか想像すると、
なんとなく、それらの匂いまで感じられそう。

音符を入れたうた。
杉本茜さんの
ものすごい懺悔を1人でした後のわたしに黙って剥かれる葡萄
このうた、
「黙って剥かれる葡萄」の、
粒感みたいなものが想像されて、
そこがなんかすごく好きだなって思いました。
ただ、「葡萄」って言った場合、
だいたい房の葡萄を連想させると思うんですが、
このうたでは、
ただただ、黙って皮を主体に剥かれている一粒
な、わけですよね。
もちろん葡萄が黙っていないで何か言うとか
そういうことは無いんですが、
ひとしきり一人懺悔のあとの主体には、
その静かさが、
なにかコイツだけは自分を何も言わずに許してくれる
みたいな気持になって、
「黙って剥かれ」てくれると思えちゃうんでしょうね。

常盤このはさんの
渡せずにいたものばかりに気がついて今日は娘に戻っています
うわー、切ないな
って最初読んだ時思いました。
そして、そういう事って
わたしにもいつか来るんだろうなって
そう思いました。
このうたでは、
はっきりとは誰に「渡せずにいた」のか表現されていませんが、
「娘に戻」るというので、
多分、主体の親なんだろうなって思います。
「渡せずにいたもの」は、
例えばプレゼントだったり、何かのお祝いだったり、
そういうモノでもあるんでしょうけれど、
それ以外の、
感謝の気持だとか、何かの言葉だとか、
もうとにかく、
思い出したら、あれもこれも……
ってなってしまいそう。
でも、何かの理由でそれを実際に渡すことができないので、
「娘」として思いを馳せている、
みたいな感じかな
って思うとホント切ないなって。
「今日は娘に戻っています」
しみじみといいなぁ。

小宮子々さんの
またひとつ何かを捨てて誕生日死んだ詩人の本をあがなう
誕生日に自分へ特別な本を買うこと、
何かを捨てたその空白を埋めるのが、
その特別な本であること、
そういうのステキだなって思いました。

木村比呂さんの
眠ってるあいだに時効が訪れたこどもの横でもう寝てしまう
「眠ってるあいだに時効が訪れたこども」
寝る前にしたいたずらや失敗が、
眠った後で発覚しちゃったんでしょうか。
でも、今起こして叱っても仕方ない。
朝まで待って叱るほどのことでもない。
「もう」の一語が、
怒りたいけど怒れない、というか
寝顔を見てたら怒る気もなくなったお母さんの心情っぽくて
いいなって思いました。
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