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しま・しましま

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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(11月15日)


11月15日のお題は「静」「悪」「90年代」「ページ」でした。

「悪」
ハーゲンダッツ買って行くから またこわいわるい二匹のうさぎになろう(しま・しましま)

ハートを入れたうた。
雀來豆さんの
悪人とばかり思っていた母が魔女だと知った夜のキッチン
「夜のキッチン」
って、それだけで何か雰囲気がありますよね。
「かいじゅうだちのいるところ」で有名な
モーリス・センダックの絵本にも
「まよなかのだいどころ」って本がありますが、
あれは幼い少年の、不思議で楽しくて、
ちょっと怖い気もする冒険のお話。
このうたの「夜のキッチン」は、
子供が入っちゃいけない、危険な匂いのする、
「母」だけの聖域って感じがします。
子供ごころに、その「母」を「悪人」だと思っていたという、
子である主体。
それは、もしかしたら余り深い意味はなくて、
ただ「悪い人なんじゃないかな」っていうだけのもの
だったのかも知れないんですが、
まずそう子に思わせる母親ってどういう感じなんだろうって
興味をひかれました。
周囲の真面目な感じのお母さんと比べて、
ぼくの母は違う、
そういう感じだったのかなって思いますが、
どうなんでしょう。
それが、ある夜、
ふと見えてしまったキッチンで……
みたいな、そういうドラマを想像しました。
「魔女」ってものの捉え方で、
かなり雰囲気というか方向性というかが
違ってくるんじゃないかと思いますが、
かわいいファンタジックな「魔女」というよりも、
禁忌としての「魔女」を思って、
ショックを受けつつ、
なんとなく納得もする、みたいな少年を思って、
うーん、好きだなぁって思いました。

音符を入れたうた。
照屋沙流堂さんの
腹が減っては悪事もできぬとキッチンで袋麺さがす、正しく作る
「腹が減っては戦は出来ぬ」
ということわざがありますが、
この言葉は使い勝手がいいみたいで、
戦の部分を何かと替えて使われているのを
よく見かけます。
このうたでは「悪事」。
単に「悪事は出来ぬ」ではなくて、
「悪事も出来ぬ」というところに
なんとなく作者の含羞を感じます。
というか、
ホントに思わず口を突いて来た言葉みたいな
そんな感じがしますね。
勝手に妄想しちゃいますが、
時間帯は夜。
主体の他に家族がいるとしても、
もう寝てるところとか想像します。
あまり大きな音を立てないようにしながら、
ごそごそと袋ラーメンを探して、
裏に表示してある通りに
「正しく」作るラーメン。
基本真面目な人なんだろうなって思います。
「腹が減っては~」ということわざを使うにしても、
定型をはみ出してもその辺はきちんと使ってしまう
というところにも、
その真面目さがうかがえるようで、
こんなに破調な感じなのに、
真面目そうなイメージが面白いなって思いました。

山縣 春さんの
わるいことしてきた人がたべさせてくれるクリーム餡のぬるいたい焼き
このうたの「わるいこと」は、
主体ではない別の人物がしてきたことなんですね。
どんな悪い事かははっきり明記しない
というよりも、
主体も、どんな悪い事なのか、
実はよく知らないのかもって思いました。
それにしても、
なんだか、ぞわぞわと生理的な気持悪さの募るうたで、
そこが妙に味があるなぁって思いました。
「たべさせてくれる」
という、
あたかも「わるいことしてきた人」に
庇護されて生きているような感じと、
「餡のぬるいたい焼き」
しかも「クリーム餡」!
という、
食べさせてもらうとしたら、
これはちょっとなにか、
うーん、
べたっとして気持が悪いような……。
このぞわっと落ち着かない気持にさせるところが
このうたの魅力だなぁって思います。

一〇〇八さんの
おやすみが過ぎたキッチンこっそりと悪だくみするプリンとビール
一読して、その現場が想像されて
あーかわいいっ
って思ったうたでした。
「プリンとビール」が「悪だくみ」。
それはきっと、
まだ厳格に就寝時間が決められてる幼い子供と、
そのお父さんって気がします。
「おやすみ」って言って、
もう本当は寝ていなくてはいけないプリンと
本当は寝かせなくてはいけない方のビールが、
こっそりキッチンで悪だくみ。
うん、かわいすぎるなぁ。
前述で、
「夜のキッチン」を母の聖域と書きましたが、
このうたの「夜のキッチン」は、
管理者不在のおいしいものが隠れている場所
って感じでしょうか。
昼間のキッチンで食べるプリンとくらべて
特別な味がするのは
多分「悪」の隠し味なんでしょうね。
ところで、
「おやすみが過ぎたキッチン」という表現、
「おやすみ(の時間)が過ぎたキッチン」なのか、
「おやすみ(の言葉を)が」
「過ぎた(=交わされた後の)キッチン」
なのか、
大体状況としては同じようなものですが、
微妙に違うような気がするので、
どっちなんだろうなって思ったりします。

UrbanBluesさんの
建て付けの悪い机に気になっていたらどうにも夏が終わった
何の机なのかは分かりませんが、
なんだか妙にがたつく、
あるいは引き出しが軋む
みたいなことが気になって仕方がない
なんてことで、
うだうだしてて
気がついたら夏が終ってしまった。
という感じかなって思います。
まあ、
うだうだしててってのは、
わたしが勝手に脳内で付け足したんですが。
そんなことにかまけてる場合じゃなかった!
みたいな思いって
だいたい後の祭りだったりするんですよね。
「どうにも」という一語が
じんわり味があっていいなぁって思います。
わたしの大好物のトホホ感がこの一語から漂います。
ただ、
ただですね、
「建て付けの悪い机に気になっていたら」
の「に」という一語、
わたしはこれが気になります。

笠和ささねさんの
ねぇ どうして インコがページ噛んだこと返すときうまく言えないんだろう
「インコがページ噛んだこと」を
その本を返すときにうまく言えない
って、
なんかすごくいいなって思いました。
インコ!インコって!
みたいな。
ありそうでなさそうで、
でも、インコ飼ってたらそういうこともあるのかな
っていう微妙なリアリティと、
それが「うまく言えない」ことのリアリティ。
すごーく好きな感じなんですが、
それをなんでドリカム包みなんだろうなって
そこがとても気になるうたでした。
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