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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(2月7日「その」)


2月7日のうたの日は「積」「解」「その」「両」でした。

「その」
その話またですかってゆですぎのブロッコリーを皿で転がす(しま・しましま)

ハートを入れたうた。
雨宮 司さんの
その頃も旅をしていた 日常と折り合いつかぬ街を離れて
うたの日のコメントでも触れましたが、
「その頃も」の「も」にじわっと味わいがあるなぁって思いました。
「も」ってことは、今もそうだっていうことですよね。
ずっとそうなのか、旅をしていない時期があったのか、
後者の方なんでしょうね。
「日常と折り合いつかぬ街を離れて」ってあるので。
ちょっと不思議で面白いなって思ったのは、
この「日常と折り合いつかぬ街を離れて」というフレーズ。
さらっと読むとなんとなくそういうことかなって思うけど、
よく読むと、
「日常と折り合いつかぬ」のが
主体の暮す、日常をすごしているはずの「街」という。
じゃあ、この人の「日常」ってなんだろうな
って思うと不思議で、
でも、そういう日常にいて
日常と乖離しちゃうことってあるのかもなぁって
そんなことを思ったりしました。
まあ、
「日常と」で軽く切れがあって、
(自分自身と)「折り合いつかぬ街」、
そのどちらとも離れることで
自分自身と折り合いをつけるってことなのかも知れませんが。
この二句目の後の一字空けも、
旅をしていたことの理由を言いたいような、
いいたくないような、
そういう逡巡の時間を感じさせて、
なにかまだ吹っ切れないものが感じられるところが
すきだなって思いました。

音符を入れたうた。
いずみ 美帆さんの
父の言う「あれ…その…それ」で理解する私の母はエスパーマミー
これはねぇ、うーん。
もうとにかく「エスパーマミー」にやられました。
多分「エスパー魔美」のもじりなんだと思うんだけど、
ダジャレの上手い下手じゃなくて、
「エスパーマミー」の語呂のよさに惹かれますね。
父親のはっきりしない指示語だけで、
それが何か分かる母はすごい
っていうのは割とあるある系の情景ですが、
「エスパーマミー」のパワーワードがあって、
印象にばしっと残るうたになったって気がします。

仙冬可さんの
その時が来たら言おうと水垢のごとく重なる見えないなにか
このうた、わたしは二句のところで一度切れて、
三句目から結句までのフレーズのひと塊と並べてある
という構成のうたって読みましたがどうなんでしょうか。
「~言おうと」に掛かりそうな言葉を探してみたんですが、
そうすると「重なる」ぐらいしかないんですが、
そこを繋げてしまうと、
「見えないなにか」が言おうとしてるってことに
なるような気がして、
それは違うかなぁって思いまして。
主体という言葉を使うとちょっとまどろっこしいので、
作者は~っていいたいんですが、
なんとなく短歌で作者は~って言う場合
メタ部分の話になりそうでアレなんで、
うーん、どういえばいいのかなぁって
実はわりとよく困ったりしています。
今回はあえて、作者はって書かせてもらいますが、
この「言おうと」思っているのは作者なのではないかと思います。
言おうと(思ってはいるんだけどもまだ言えていない状態である)
っていうところがバッサリと切られた部分にあるんじゃないかなって。
まず、そういう読み方をしました
って話が随分長くなってしまってごめんなさい。
で、ですね。
いつか言おう、その時が来たら言おう
ぐらいに思ってることって、
案外ひとつひとつは些細なことだったりするんじゃないかな。
もちろん、めっちゃ重い打ち明け話の
タイミングを見計らうときにも、
そんな言葉を使ったりしますが。
些細なことで初めは形にならない、言うほどじゃないことが、
だんだんと積もってきて目に見えるようになってしまう
ってことありますよね。
もう、「その時」っていうタイミングも分からなくなった、
日常の不満とか鬱屈みたいなものを読まれてるのかなって。
「水垢」という例えから、それがドメスティックなことなのかなって
思って、うーん「水垢」っていうたとえがいいなって思いました。

森下裕隆さんの
年老いてナイフ投げ師もその妻も額の傷も皺に埋もれて
まずこのうたの調べのよさに惹かれました。
「年老いて」「皺に埋もれて」
って初句と結句で「~して」ってふわっと流すような感じに
歳月の果てみたいな余韻が残る気がします。
で、
「ナイフ投げ師も」「その妻も」「額の傷も」
って並ぶところもなめらかでいいですよね。
なめらかすぎて、一瞬見逃しそうになる
「額の傷も」が面白くて、
きっとあえてここにこっそり仕込んであるんだろうな
って思うと上手いなぁ。
多分「額の傷」は妻のものですよね。
夫が「ナイフ投げ師」なので、
その相方を務めていたのかも知れないし、
もしかしたら練習を引受けていたのかも知れない。
そのころについた「額の傷」。
もういいわあんたとはやっとれんわ
ってならずに、年老いて皺に埋もれるまで、
こうやって一緒にいて、
その傷が額についた時には、
恨み言もあったかもしれないけど、
それも時の彼方、皺の奥に隠れてしまう。
じわっと味わい深い情景がステキ。
その味わい深いところとうたの仕掛けが、
単なるいい話にさせてなくて、
そういうところが魅力的に思いました。
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