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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(2月8日「少」)


2月8日のうたの日は「腰」「猟奇的」「メタファー」「少」でした。

「少」
裏庭で軍手を干している家を少し過ぎたらもう春でした(しま・しましま)
本当は「メタファー」で出そうかなって思って、
ギリギリまで考えてたんですが、
うーん「メタファー」って難しい。
にやにやと犬がこちらを見上げつつどうだわかるかなどと言い出す
ってのを考えたんですが、
よく考えたら、
去年、ツイッターの企画の#短詩の風で出した
犬だって言えばそんなの犬だからメタファーのべろあったかすぎる
という短歌を下敷きにしたやつだな
って思って、没にしちゃいました。
しかもなんか感じ悪いしね。
っていうわけで、「少」。
軍手ってなんかいいですよね。
日常的に軍手を使ってるお宅なのかな、
実際にいつ通っても複数の軍手が干してある家があります。
うちでは使い捨てなので、
なんか、見るたびに、ああってなったりしています。

ハートを入れたうた。
加治小雨さんの
名も知らぬ少年からの挨拶に「おかえり」なんて返せてしまう
あーこの感じアレかも!
って思ううたでした。
わたしが住んでる地域も、
小学校でがっつりあいさつ運動みたいなのをやってて、
小学生たちだけじゃなくて、
中学生、下手したら高校生も
すれ違う時に「ただいまー」
とか言ってくるんですよね。
初めのころは、これが全然馴れなくて。
「ただいまー」に対する返事はやっぱり「おかえりー」
なんだとは思うんですが、
帰宅途中らしいことは分かるけど知らない子だし
ていうか、道路上だし、
「おかえり」って変じゃない?
とか思ったりして。
このうたの主体も、もしかしたらそうだったのかな
って思います。
それが今は
『「おかえり」なんて返せてしまう』
わけです。すてき。
この「返せてしまう」に、
「おかえり」って言ってる自分への驚きみたいなものが感じられて
そこがいいなって思いました。
最初からナチュラルに、
見知らぬ少年と「ただいま」「おかえり」の挨拶を
交わせたわけじゃなくて、
「おかえり」が言えている今の自分と、
そうじゃなかった頃の時間の幅が
なんとなく感じられるなぁって気がしました。

音符を入れたうた。
永昌さんの
納得のいかないことのあれこれを少し甘めのコーヒーで呑む
自分としては納得のいかないことでも、
納得のいかないままにぐっと呑み込まないといけない、
そんな事ってありますよね。
「少し甘めのコーヒー」がいいなって思います。
お題が「少」だからってことも
まああるかとは思いますが、
あえて「少し甘めの」とコーヒーの甘さに言及してあるところに、
そうでもしないと呑み込めないんだ
って言ってるような気もします。

七緒さんの
菜の花がまっすぐ伸びる 僕たちはちょっぴり嘘をついて生きよう
「菜の花がまっすぐ伸びる」という二句目までのフレーズが
すごくステキだなって思いました。
菜の花の、すっと伸びた茎や葉っぱの緑色と、
花の黄色、それから、
「まっすぐ伸びる」というフレーズから
菜の花が向かっている青空とか、
そういうものがバーンって
初めに頭の中に浮かんできました。
で、
そこからの
「僕たちはちょっぴり嘘をついて生きよう」
です。
「嘘」ってあんまり良い事ではないはずなんですが、
その前に、爽やかな春の映像がおかれてるので、
「ちょっぴり嘘をついて生き」ることが、
とても自然なことのように感じられます。
まあ実際、それが自然なことだと思うんですが。
こういう、上の句と下の句を、
全然違うイメージがぶつかってると捉えて読むのは、
もしかしたら短歌の読み方ではないかも知れないけど、
そんな風に読んで、いいなって思いました。

西村湯呑さんの
電車から見下ろす街並みハットリくん跳びする少年が胸にいる
もうまず、
「ハットリくん跳び」
がパッと目に飛び込んできて、
うわー!!
ってなりました。
そういう用語があるのかはわからないんですが、
忍者ハットリくんの、あの屋並を跳びながら走る姿が
ぱっと頭の中に浮かんで来ます。
ハットリくん由来ではないかも知れないけど、
子供の頃に、そうやって自由に跳び回る夢とか見てました。
で、このうたの主体の胸には、
今でもそんな少年がいるんですね。
面白いなって思うのは、
「胸にいる」のに、
「電車から見下ろす街並み」で、
その少年が「ハットリくん跳び」してる
っていう内と外とがまざってるところ。
うたのリズムも、
初句こそ五音に納まってますが、
そこから二句が八音で字余り、
そして、
「ハットリくん跳びする少年が胸にいる」
に至っては
三句四句結句が切れ目なく跨っているという。
内と外が混ざってる感じが、
この構成にも表われてるのかなって気がします。
主体は今電車の中で外を見ている
というのは事実部分だから、
「電車から」とすんなりと安定スタートさせて、
そこから、内なる少年が、外へ飛び出してくる感じが、
怒涛の句跨りになったのかなって。
面白くてハートを迷ったうたでした。

瀬和璃羽さんの
少しなら遊びで済むよ囁いた貴方の影で尻尾が揺れる
妖しい感じがステキですよね。
「少しなら遊びで済むよ」
という誘い文句の、
もう既にどう考えてもあやしいところ。
悪い事しようって誘われてる感じですよね。
しかも、
このうたの主体には、そう言ってる人の「尻尾」が
ちゃんと見えてる。
どう考えても信用できないっていうか、
深みに誘ってる感じがするけど、
それも込みで、
主体は魅力的に思ってるのかも知れないなぁって
そんな気がするうたでした。
漢字表記も妖しさがあってステキでした。
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