プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

うたの日(2月19日「くじら」)


2月19日のうたの日は「くじら」「慣」「証」「改」

「くじら」
すこしさびた蝶番から洩れてくる鯨の声をもう一度きく(しま・しましま)
しょっちゅう書いてる気がするけど、
海獣大好きなんですよ。
「くじら」の題、これは出さなければ!
って感じでした。
この間の「自由詠」の時に、
マナティとくじらの祖先の話を書きましたが、
そういえば他の海獣の祖先は何なんだ
と思って、あの後調べてしまいました。
セイウチとか、あの辺は、
カバでも象でもなくて、
(いくつか説はあるみたいだけど)クマなんだとか。
お前はクマかー。
と思って、なんだか楽しかったことを、
特に書く事が無いので書いてしまいました。

ハートを入れたうた。
柊さんの
聞こえない筈の歌声響いてるクジラの骨の標本の下
このうた、まず「クジラの骨の標本の下」という
この場所がステキだなって思います。
「歌声響いてる」ってぐらいだから、
主体はそこにいるんだと思うんですが、
クジラの全身骨格の標本って、
まあ種類にもよるとは思いますが、
小さめとしても大きいですよね。
すでにけっこう広々とした空間が想像されて、
それだけでもう気持がいいなって思います。
モノの下とはいっても、
「骨の標本」なので、風通しもよさそう。
クジラの骨格標本の下に潜れたらステキだなぁとか
まずそんなことを思いました。
で、
そこに「歌声響いてる」わけです。
しかも「聞こえない筈の」
ということは、
クジラの歌うその「歌声」が、
その場に流れているわけではないけれど、
主体には感じられたってことと思います。
骨になったとはいえ、
リアルなクジラに物理的に近づくことで、
より強く生前のクジラへの思いが強まった
みたいな感じがいいなって思いました。

音符を入れたうた。
小川けいとさんの
くじらよりもっと大きな愛なのに君は欲しいと言ってくれない
「君は欲しいと言ってくれない」
っていう下の句が切ないうたでした。
「君」がどういう相手なのか
それはこのうたでははっきりしませんが、
少なくとも主体が「大きな愛」を受け取って欲しいと
そう思ってる相手ですよね。
切ないなぁって思うのは、
これが受け取ってくれない、みたいな
はっきりと拒絶されてるわけじゃない嘆きなところ。
モノならね、
欲しいと言ってくれなくても渡せちゃうところありますが、
「愛」しかも「大きな愛」ってなると、
欲しいと言ってくれないと渡せないとこあるなぁ
って思いました。
このうたでは「くじら」は、
比較対象として登場しますが、
くじらの体の大きさ、なのか、
くじらの愛(くじらへの愛?くじらからの愛?)なのか
その辺りがちょっと判別しづらいなって思ったところが
少し残念な気がしました。

こまちさんの
6歳のわれの憧れ乗せたまま大空をゆく真白きくじら
読んですぐに中川李枝子の童話「くじらぐも」を思い出しました。
小学校の教科書に載ってたりしたんですよね。
調べてみたら、一年生の教科書に載ってるみたい。
だから「6歳のわれ」なんですね。
このうたもね、
広がりがあって気持がいいんですよね。
視覚的な気持よさだけじゃなくて、
そこに自分の憧れが乗ってるところに、
自分自身が雲に乗って大空を行くような気持よさがあって
いいなって思いました。
「ろくさいのわれのあこがれのせたまま」
という上の句のア行の明るい調べが、
より心地良さを増してるなって思いました。
小学校で「くじらぐも」を読んで以来、
大きな白い雲を見るとすぐにくじらを連想し、
あの時のわくわくが甦ってくる
っていうか、そういう雲見る度に
あっくじらぐも!って思い続けてる感じもいいなって思います。

照屋沙流堂さんの
肺呼吸で海に棲む業の引き換えに死後鯨骨は宇宙となりぬ
「鯨骨は宇宙となりぬ」
がいいですよね。すてき。
他の方のうたにもありましたが、
死んだ鯨は、
まず海底で他の魚の餌となって
その後大きな骨が住処となるんですよね。
鯨骨のエリアに特殊な生態系が出来るぐらいなんだとか。
その生態系を「宇宙」と表現されてるのかな
とも思います。
が、
そこからまた長い時間を経て、
鯨骨が化石化するわけですが、
わたしはその長い長い時間込みで「宇宙」かなって思いました。
正直言うと、
わたしの好みでは、
このうたは言葉数が多すぎるなって気がしますが、
「鯨骨(げいこつ)」という固い言葉と
他の漢字大目の言葉群は雰囲気があってるなって思いました。

紅鉄さんの
夢に見る鯨はいつでも海の底それでも怖いと泣いた幼子
うたの日に
大きいものが無性に怖いってことありますよね。海の底はこの子のおうちからずっと遠くにあるんだけど、それでも怖い、っていうか暗い海の底に巨大なくじらがいるんだって想像するとそれだけで怖いって気持、分かるなぁって思いました。
ってコメントしましたが、
そういう感じ、ふんいきがあっていいなって思ったうたでした。
「夢に見る鯨はいつでも海の底」
というのは、主体の見る夢のことのようなんですが、
下の句では
「それでも怖いと泣いた幼子」
と、自分のことではないような書き方がされてるので、
あれ?夢もこの幼子の夢なのかなってちょっと違和感があります。
あと、「海の底」にいつもいるって、
それ自体が「怖い」もののようにも思えるので、
「それでも」という繋ぎ方はどうなんだろうって思ったんですが、
海の底はおうちから遠いんだよと諭される、
という途中経過があったのかも知れないなって思います。
このうたの醸す雰囲気はすごく好きで、
幼い子供が、何か大きなものを怖いって思ったら
とにかく怖いって泣くしかない
みたいな感じ、
ここがとにかく好きだなっていう音符でした。
スポンサーサイト

<< うたの日(2月20日「ゑ」) | ホーム | うたの日(2月18日「鼻」) >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム