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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(2月26日「多分」)


2月26日のうたの日は「焦」「仕草」「多分」「風」でした。

「多分」
ふるさとは多分まだ冬、鳥をとじ煮凝りみたいにみずうみはある(しま・しましま)
わたしの住む島根県にある宍道湖って、
冬は大体水面が暗くて
(あっ、天気も良くないです)
雨の日とか曇り空に風のある日とか、
揺れる暗い水面に、水鳥がたくさん動かないで浮かんでるんですよ。

ハートを入れたうた。
ミオナマジコさんの
麗(うら)らかな春の光は君のよう五十年後も多分好きです
いつまでも好きでいる
みたいなフレーズってよく聞くような気がするんですが、
そこに「多分」って入れてあるところと
「五十年後」っていう
具体的だけどざっくりした数字が入ってるところが
なんかいいなぁって思いました。
絶対っていうと嘘になるから
っていう「多分」
でもあるかもしれませんが、
どちらかというともうちょっとやわらかく、
そうでありたいな、ぐらいな
そんな「多分」かなって思います。
で、ですね
何が「多分好き」でいられるのかというと、
上の句に
「麗らかな春の光は君のよう」
ってあるんで、多分「君」のことって思います。
麗らかな春の光のような君
ではないところがいいですよね。
このうたの、この思いを抱いた時、
主体の目の前には「君」ではなくて「春の光」があったんじゃないか
って気がします。
明るくてあたたかくて心地いい春光の中にいるような
そんな感じがいいなって思いました。

音符を入れたうた。
松岡拓司さんの
波音のだんだん近くなる坂で多分好きって言われたような
「波音のだんだん近くなる坂」
まだ海は見えないけど、波音だけは届く坂を
二人で歩いてる、
そんな情景を想像します。
最初はかすかに、気をつけて聞けば
あー波の音がするかも
ぐらいなのが、
だんだんとはっきり波音って分かるぐらいに
クリアに聞こえて来るんでしょうね。
っつっても、
普通の会話が掻き消えるほどの音で
っていうのは考えられないので、
多分相手の声がめちゃめちゃちっちゃくて
聞き取れなかった、
って感じじゃないかなって思います。
「多分好きって言われたような」
気がするけども、
でもそう思うのは自意識過剰かも
でも、でもそうであったらいいな
って感じかなって思います。
これは、もしかしたらわたしの好みなだけかもしれませんが、
「~な」って言い差しで終るのって、
なんとなく落ち着かないんですが、
このうたの場合は、
上記の気持のゆらゆらが
それ以上はっきりしたことを言えない感じと
合ってるような気がしました。

ふたりさんの
旅に出る。たぶんあなたは来ないから、いつか何処かでまたあいましょう。
なんだろう、不思議なうただな
って思いました。
感じは分かるけど不思議だな
みたいな。
どこかに行くと決めて、
出来れば「あなた」も一緒に来て欲しいと思ってる。
でも、
「たぶんあなたは来ない」だろう。
というか、
それが分かるから自分も一緒に行こうとは言えない。
これがお別れになるんだと思うけど、
出来れば
「いつか何処かでまたあいましょう」
みたいな感じかなぁって思いました。
で、不思議な感じがしたのは二点。
一つは初句の「旅に出る。」というフレーズからくる
不思議さね。
旅って、やっぱり行きて戻るもの、だと思うんです。
ホームがあって、
終わったら戻って来るのが旅。
そうだと思うし、そうであってほしい
と、思ってます。
ここのあたりの感覚は、
伝わるか伝わらないかわからないけど、
詳しく書くと長くなるので、
まあ、そうわたしは思ってるってことで。
で、あなたは来ないわけですので、
多分、旅の起点としてのこの街とか、
そういうホーム的な場所にいつづけるんだろうって
思うんです。
ところが、
「いつか何処かでまたあいましょう。」なので
主体が旅を終えてホームに戻ってきても、
そこで再会する気がないのかな
って。
まあお別れ前提だとしても、
同じ街にいればそこで会うかもしれないじゃないですか。
でも、このうたでは「何処かで」なので、
確実にこの街(ホーム)で出会うとは限らないと
そういうことかなぁ
って思うとなんだか不思議な感じでした。
もう一点は、句読点の使い方。
初句と結句の前に読点があって、
三句目の後に句点が置いてありますが、
普通に散文として読む場合は
「旅に出る。」
「たぶんあなたは来ないから、いつか何処かでまたあいましょう。」
という二つの文に分かれるのかな
って思うんですが、
このうたを読んだ時、
「旅に出る。たぶんあなたは来ないから、」
で、一度断絶があって、
「いつか何処かでまたあいましょう。」
ってなるような気がするんですよね。
主体が本当に「あなた」に言いたいことは、
三句目の句点のその後の断絶の部分に隠されてるんじゃないかな
って気がしますが、
どうなんでしょう。
そういう不思議さの後ろに、
決断はしたけども未練は残ってるんだよ
っていう切ない気持がかくされてるみたいで、
惹かれたうたでした。
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