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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日の人々 <沼尻つた子さん>

沼尻つた子さんは、うたの日デビューから圧倒的だった人。
デビューっていっても、
「うたの日」デビューですからね。
ところで、
沼尻さんというと、
わたしはまず、
そのお名前がとてもすてきだと思うんですよ。
わたしの筆名がこんななので、
あんまり説得力がないんですが、
例えば、
父がつけしわが名立子や月を仰ぐ/星野立子
われの名に奈落の奈の字曼珠沙華/辻美奈子
のような、
自分の名前を詠みこんだ作品がよめるような
そんな名前ってすてきだなあって
思ってました。
沼尻さんにもそういう歌があって
みずからにつけたる姓の沼の淵われはときどき覗きこむなり
わたしが初めてこのうたを目にしたのは
たしか沼尻さんのネプリだったと思うんですが、
とても印象深くて、
第一歌集「ウォータープルーフ」の
巻頭に掲載されているのをみて、
おおぅ……
って、ちょっと感激したのでした。


2015年05月22日『灯』
ほの赤い常夜灯に見おろされている 誰かを愛したい、もういちど
このうたをうたの日で見たとき、
通路とかにある常夜灯
って想像して読んでいたんですが、
天井照明の豆電球
って読んだ方がいいのかな
と、いま思ってます。
「見おろされている」感も
そっちの方がありますし。
だとすると、
一人で眠る夜(通常運転)かな。
その一つだけ消し残している豆電球の下で、
ふと思う下の句の感じ、
いいなっ思います。
「誰かを愛したい、もういちど」
愛されたいのではなくて
まず、「愛したい」っていうところに、
孤独感と、
もしかしたら自省的な気持もあるのかなと思ったりします。
で「もういちど」と重ねるところが
なんかいいなぁって気がします。
「もういちど誰かを愛したい」
の倒置というよりも、
まず「誰かを愛したい」って思って、
その後で
「もういちど」って思ったっていう
順番のような気がしました。

2015年06月04日『刺』
やんわりと馬刺をさくらと呼ぶように筆名でわたしに紗をかける
ねっ、
こういうことが詠めるって
すてきだなぁと思うわけです。
いやほんと筆名大事。
また歌集「ウォータープルーフ」の話をしますが、
この歌集に、
オウムの菊池直子を詠まれてるうたがあって、
その中に彼女の偽名が詞書になっているものがあります。
もしかしたら、
沼尻さんは「名前」のもつ力について
色々と考えられるところがあるんじゃないか
そう思ったりします。
生身の自分に「紗をかける」ものであったり、
自分自身よりも長く残るものであったり、
別の人生を生きるための鍵だったり、
そんなことを考えてしまううたでした。

2015年06月13日『ゾンビ』
会いたくて会いたくて這い出て来ちゃったの 涙とともにこぼす眼球
「ゾンビ」っていう題で、
この純愛ぶり!
っていうのが面白くてかなしいうたでした。
「会いたくて這い出て来ちゃったの」
っていう二句から三句のフレーズの
リズムといい「ちゃったの」の語感といい
ねばっこくて、
「会いたくて会いたくて」感と
眼球がこぼれる感が
もう溢れてるな!って思いました。
ところで、
このうた、
園まりの「逢いたくて逢いたくて」が
下敷きにあるのかなって思ったんですが、
どうなんでしょうね。
もちろん作者沼尻さんの時代には
すでに懐メロなので
そういう年代ではないんですが。(わたしもですが)

2015年06月14日『石』
オオカミの腹に詰められた石ころの重さ 誘拐報道をみる 
子供が被害者になる事件は
どれも背中がすうっと寒くなるんですけど、
「誘拐報道」と
童話の悪いオオカミの末路の
重たい響き方がさすがだなって思いました。
赤ずきんなり、七匹のこやぎなり、
オオカミは子供を狙って、
そして最後はおなかに石を詰められます。
この石の重さを感じるのが
犯人であれ、
っていう怒りもあるのかも知れませんが、
同時に、
なんとなくですが、
読んでいるわたしのおなかが、
ずうんと冷たい石が詰められて重い
ような気持になってしまいます。
「石ころの重さ」の
体言止めで一旦はっきりと切れているところが
よけいにそんな感じを受けるのかも。

2015年06月19日『さくらんぼ』
着飾って白玉あんみつ姫になる三歳、さくらんぼの紅をさす
愛らしくてつやつやな
幼い女の子の姿が浮かんで来るようで、
めちゃいいなって思ううたでした。
このうたを口に出して読むと、
余計にいいなって思うんですよね。
「きかざって・しらたま・あんみつ・ひめになる」
のところの
明るいリズムの響きとか、
「さんさい・さくらんぼの」の
題の「さくらんぼ」に繋がるための
「さ」の重なり方とかも
弾むような幸せな感じ。
もう、どう考えても
これは愛らしい三歳児さん、
って思います。

2015年07月02日『沈』
海底に沈んだ都市のように聞く あなたと暮らしていた人のこと
このうたも
ホントいいなって思います。
「海底に沈んだ都市」っていう遠さが
ほんのりと
「あなたと暮らしていた人のこと」を
聞くときの主体の感情なんだなぁ、きっと。
自分の生活にちっとも肉薄しないけど、
なんだか少しかなしい気持がこみ上げるような
そんな感じなのかなって思いました。

2015年07月29日『素』
待つことが楽しかったよ水槽にシーモンキーの素ふりいれて
子供の頃、
「待つ」っていうのは
楽しいことの前段階で、
わくわくする時間だったんだなぁって
このうたを読んで思いました。
「シーモンキー」っていうのは
昭和に流行った玩具のような生き物。
水槽に「シーモンキーの素」である卵を入れて、
数日するとそれが孵化してシーモンキーが生れる、
というもの。
わたしは飼育したことがないので、
そういうもの、と聞いてます。
きっと、飽かずに水槽を眺めて、
シーモンキーの孵化を待ったんでしょうね。
大人になった今、
そうやって何かをわくわくして待つことって
あっただろうか。
先へ先へって気持ばっかり焦って、
今は「待つこと」を楽しんでないんじゃないか
って、そこまで考えちゃうと、
深読みのしすぎかな。

2015年10月07日『象』
木製の象のさしだす鼻先に時計あずけてあなたは眠る
何気ない日常のスケッチな感じですが、
幸せな感じがいいなって思います。
「木製の象」っていうアイテムが
いいんですよねぇ。
日常に彩りを与えてくれる小物、
みたいな感じで。
ちゃんとした毎日を暮らしてるって
そんな小物な気がします。

「あずけて」「眠る」っていうところの
「あなた」の無防備さもいいなって思います。

2015年12月11日『キリン』
金色のキリンがパレードするような公孫樹並木をあなたと歩む
このうた、
うたの日で見たときから
もう大好きなうたのひとつです。
「金色のキリンがパレードするような公孫樹並木」
っていう一つながりのフレーズが
めくるめく明るい金色のパノラマな
そんな感じがして
うわー幸せな道だ!
ってうっとりしちゃいます。

2015年12月16日『白』
飛び散った漂白剤のひとしずく閃光として胸もとにある
鮮やかなうただなぁって
もう、うたの日で初めてみたときから
好きです、このうたも。
漂白剤のあとって、
白い布地だとしても
白の種類によっては残っちゃうっていうか、
蛍光の白になったりするんですよね。
その蛍光な感じが
「閃光として」残ってしまう、
あるなぁって思います。
同時に、
「飛び散った」ときの
あっ!
っていう瞬間の気持が
「閃光として」その跡を見る度に思い出される、
みたいな感じもします。
最後の「ある」に
「漂白剤のひとしずく」が
感じられるところもいいなぁって思います。
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