プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

うたの日の人々 <宮嶋いつくさん>

宮嶋いつくさんのうたの日の出詠は1000首超。
うたの日初期からの参加者ですね。
大先輩だなあって思ってますが、
わたしにとって初リアル歌会に
誘ってくださったのも宮嶋さんで、
ホントありがたく思ってます。
宮嶋さんのうたは、
意外性のある面白さ、
知る人ぞ知る系あるあるの面白さ、
郷土を詠んだうた、
などいろいろとあるんですが、
まとまったものを読んで行くと、
なんとなく作者像が
ふわっと浮かんで来るような気がします。
作者=主体
という意味じゃなくて、
題材にするものの方向性とか
そういうモノの見方的なところの作者像。
ちなみに、
わたしが一番好きな宮嶋さんのうたは
舌平目のエマニエルのうたなんですが、
これはもう何度も書いているので
今回は外しました。


2014年08月22日『蝉』
一段とすごいシチューができました蝉のぬけがらブイヨン仕立て
「蝉のぬけがらブイヨン仕立て」
なかなかインパクトのあるシチュー。
言葉の面白さと
「蝉」という題からの
文字通り料理の仕方の意外性が
楽しいうたですが、
なんとなく、
その光景がふわっと浮かんで来るところが
いいなって思います。
「一段とすごいシチューができました」
っていう上の句、
小さな子供のままごとに
付き合って、
さまざまなシチューをいただいてきた人が
更に驚くシチューだった、
って感じがするんですよね。
勝手な想像ですが、
蝉のぬけがらの盛られたお皿と、
幼い子供と大人の主体
っていう光景が楽しくていいな
って思いました。

2015年01月28日『ジャンパー』
ジャンスカに着られてる君 二週間前には私服で通ってた道
このうたの「ジャンスカ」は
学校の制服かなって想像します。
「二週間前には私服」
ってあるので、
小学校から中学校へ
って感じかな。
ジャンスカ、ジャンパースカートって
たしかにサイズが合わないと
「着られてる」感でますよね。
中学校入学時なら、
これからまだ成長するかもって
すこし大きめに制服を仕立てることも
あるんじゃないかなぁ。
その「着られてる」感を感じるってことは
主体は多分「君」よりも年長なんだと思います。
例えば娘、妹、姪。
「道」でそんな感慨を抱くっていうところから、
娘というよりは少し距離感のある
妹とか姪かなぁ。
あたたかい眼差しがいいなって思ったうたでした。

2015年05月31日『ビール』
愚痴を吐く相手もおらず注ぎ足したビールの泡のインフレーション
このうたは、
当ブログで感想書かせてもらったんですよね。
感想書いた作品って、
やっぱり記憶に刻まれますねー。
このうたの面白さは、
「愚痴を吐く相手もおらず」
からの
「ビールの泡のインフレーション」
かなって思います。
単にビールの泡がコップから溢れる
っていうんじゃなくて、
泡が泡を呼んで、
どんどんどんどん
泡部分だけが上昇してしまう
みたいな感じとわたしは取りました。
実際のところ、
「愚痴を吐く相手もおらず」
なので、
多分、主体は愚痴を口には出してなくって、
その自分の代りのように、
ビールはなんだか
次から次へ泡ばっかりになってしまう。
そういうトホホな感じと、
どうせ自分が飲むビールなんだから
泡ばっかりでもいいか
って適当に注いでる主体が浮かんで来るようでした。

2016年02月17日『兄』
「兄さん」と呼ぶ習慣が付いていて甥が我が名を覚えずにいる
ほんのりとしたトホホ感があって
しかも可愛らしい感じで
いいなって思ったうたでした。
幼い甥っこなんでしょうね。
他の家族がみんな
主体のことを「兄さん」と呼んでいるので、
「兄さん」って人なんだって思っちゃってる。
たまに、名前を教えてみるけど、
あっさり「兄さん」に戻っちゃう
みたいなのを想像すると
うふふって楽しくなります。
わたし実は家族を詠んだうた、
けっこう好きなんですよね。
それが実景であっても、
そうじゃなくても、
作者の脳裏に、
この人っていう
具体的な人物が浮かんでいそうな
そういう家族詠って
作者と詠まれた人物との関係性とかが
覗われるようで、
味わい深いなぁって思います。

2016年03月16日『ピンク』
着メロのピンクパンサー流れだしただの散歩じゃいられなくなる
まず「散歩」してる
っていう状況がいいなって思います。
3月中旬、
(とは限らないけども)
ほんのり春らしくなった風景を眺めながら
のんびりと散歩をしてて、
突然流れる着メロの「ピンクパンサー」。
そこから
「ただの散歩じゃいられなくなる」
って、面白いですよね。
散歩は散歩なのか、
っていうか、
ただの散歩じゃない散歩ってどんなんだ
みたいな。
ところで
わたしはこの散歩の足取りを、
アニメのピンクパンサーでも
クルーゾー警部でもなくて、
ドリフの泥棒コントで想像しましたが、
年代の所為でしょうか。

2016年11月28日『引』
アスリートなら引退を考える歳と鏡のおれにつぶやく
めちゃ身につまされるうたでした。
主体は何歳ぐらいでしょうか。
「アスリートなら引退を考える歳」
スポーツによっても違うとは思いますが、
まあ、
そろそろ何かしら
ラインが引かれそうな年齢の主体が
鏡を前にして
「アスリートなら引退~」
って考えてしまうって
切ないなぁって気がします。

2016年12月21日『結』
大凶のおみくじばかり結ばれた木が荒神の自我を持つ夜
うたの日で♪を入れたうたでした。
「荒神」、
これは「こうじん」ではなくて
「あらがみ」と読ませるのかな
って思いましたがどうでしょう。
台所の神様的な荒神ではなくて
いわゆる荒魂(あらみたま)的な。
「大凶のおみくじ」が
何か悪い気を発する
っていうこともないかとは
思うんですが、
ふと
「大凶のおみくじばかり結ばれた木」を
見た主体は、
そこにいつか
「荒神の自我」が芽生えるんではないかと
夢想した、
みたいな感じがいいなって思いました。
それが「夜」である
っていう夢想のしかたも雰囲気があって、
なにか敬虔な思いと、
荒々しいものの誕生への憧れみたいなものが
感じられるうたって思いました。

2017年02月12日『ハンバーガー』
はじめての感動を思い出せないしもう近隣にドムドムがない
「はじめての感動を思い出せない」
「もう近隣にドムドムがない」
は、「し」で繋がってはいるんですが、
「はじめての感動」が思い出せないことと、
今はもう近隣にドムドムバーガーの店舗がない
ってことに
直接の因果関係はないのかなって思います。
俳句用語でいうと
二物衝撃、といいますか。
でも、
ほんのりと
主体の記憶の中に、
初めて食べたハンバーガーの感動、
それが
ぞうさんマークのドムドムバーガーだったこと
が、あるのかもしれません。
「はじめての感動を思い出せない」
なんて言うけども、
本当はそれは強がりなのかも
って思ったりもするうたでした。

2017年05月23日『忘れたこと』
あとひとつヒントくれたら先生はきみの名前を思い出せます
うわっ切なっ!
って思うのと、
この先生のぬけぬけ感が
めちゃおもしろいなって思ったうたでした。
名前を思い出せないだけじゃなくて
「あとひとつヒントくれたら」
っていう
どう考えても情けない感じなのに
めちゃ堂々と
「名前を思い出せます」
とか
ひどすぎて面白すぎるなって。

2017年09月06日『三日月』
月山に三日月かかる 艱難を乗り越えてゆく意志はあるのか
「月山」、
山形県にある月山かも知れませんが、
同時に
月山富田城の月山だなあ
って思います。
「三日月」で「艱難」ですし。
これは
尼子義久の家臣、山中鹿之助が
念頭にあるんだろうなって思います。
「我に七難八苦を与えたまえ」と
三日月に祈ったっていう
山中鹿之助。
ひるがえって、
自分自身はどうだろうか
多分、何か目標が出来てて、
でもそこへ向っていくのに
「艱難を乗り越えて」まで行く
その気概があるんだろうか……
みたいな感じを想像します。
「意思はあるのか」って
自分のことなのに、
まず意志の確認をしてしまう感じ、
正直な人だなぁって思ったりもしました。

うたの日の人々 <ミオナマジコさん>

ミオナマジコさんのうたは、
歌意がすんなりわかりやすくて、
雰囲気が明るいものが多いような気がします。
家族を詠まれた作品が多くて
実景かどうかは分かりませんが、
なんとなく作者と家族それぞれの景が
覗われるような、
リアルな雰囲気があるなって思いました。

2017年04月02日『案』
知恵のない案山子のような私でも君を笑顔にできるでしょうか
「オズの魔法使い」のかかしを
すぐに連想しました。
主体は自分をそのかかし、
「知恵のない案山子」のようだって
思うわけですが、
その、無いものが欲しい
っていうんじゃなくて
「君を笑顔に」したい
って思うところがいいなって思いました。
「オズの魔法使い」のネタバレは
良くないかなって思うんだけど、
ぶっちゃけ、
かかしは知恵を持ってないわけじゃないんですよね。
ただ、知恵があるっていう自信がなかっただけで。
君を笑顔にしたいけど、
「できるでしょうか」
っていう自信のない感じ、
このオズのかかしに通じるものがあるようで
やさしくてすてきなうただなって思いました。

2017年05月10日『自由詠』
保守的な人だと思っていた父がシナモン入りの味噌汁を飲む
前述のとおり、
父を詠んだうたは多いんですが、
特にわたしはこのうたが好きです。
「保守的な人だと思っていた」
っていう主体の父親観。
ここになんともいえない複雑な心境が
垣間見えるようでいいなって思います。
「人」っていう表現の距離感とか。

「シナモン入りの味噌汁」
っていう斬新な味噌汁が出て来るところが
好きな感じだなぁ。
斬新すぎてこれは実在する味噌汁なんじゃないか
って気がします。
きっと妻(主体から見ると母)が、
父の健康のために考案したか、
どこかで見つけたレシピなんじゃないかな
だから、
「保守的」で、
普段なら変わったものを食べたりしないだろう
父もそれを受け入れた、
って感じかなぁって思います。
多分健康に不安のある状態で、
それを父本人も、母も、
そして主体も分かった上での、
「シナモン入りの味噌汁を飲む」ことの
意味みたいなものが想像させられて
じんわりといいなって思えるうたでした。

2017年05月16日『グリーンピース』
春うららえんどうご飯を炊く母が「赤いスイートピー」をハミング
「春うらら」で
「えんどうご飯」で
「赤いスイートピー」をハミング。
めちゃ春らしい明るい楽しいうたで
いいなって思いました。
きっと春のような
明るくてあたたかい人なんだろうなって
思わせるようなうたでした。

2017年07月26日『伸』
東京に染まるつもりはなかったが鼻毛の伸びが異様に早い
着目する場所が面白くて好きです。
「東京に染まるつもりはなかった」のに、
自分の意思とは別に勝手に順応してしまう
それが
「鼻毛」だった
っていう。
面白くて、
確かにそうなるのかも
って思う感じがいいなぁ。

2017年08月02日『フルーツ』
世界から集めたドライフルーツの店で美魔女になる実を探す
「世界から集めたドライフルーツの店」
たしかにそういう店ありそうだし
女性向け雑誌の企画に
ドライフルーツと美魔女の組み合わせもありそう。
なんだけど、
なんとなくファンタジックな妖しさも
感じられるところが面白くて好きだな
って思います。
「美魔女」っていうのが
めちゃめちゃ俗っぽい表現なんですが、
この「美」を取り除くと
「世界から集めたドライフルーツの店で魔女になる実を探す」
ね、
いきなりファンタジック。
でも、ファンタジックにしないで
「美魔女」ってしたところが
またこのうたの面白さになるなぁって気がします。

うたの日の人々 <多田なのさん>

多田なのさんは、
もともと鹿沢和元というペンネームで、
わたしはずっと
男子大学生を想像してました。
そうじゃなかったことを知ったときは
めっちゃびっくりしましたね。
多田さんのうたは
センシティブな青春性があって
そこが魅力的だなって思います。
言葉を繰り返すとか、
破調のうたとかが多くて、
そこも、
不安定な気持みたいなものが
感じられるような気がします。


2015年04月07日『地下鉄』
博物館帰りの地下鉄 ひょっこりと過去に来ててもいいなと降りる/鹿沢和元
博物館で「過去」を満喫した帰り、
SF小説みたいに
地下鉄を出ると「過去」だったらどうだろう、
それもいいな
って思いながら
いつもの駅、いつもの風景を見ながら思う
みたいな感じかなって思います。
「ひょっこりと過去に来ててもいいな」
の軽い感じが
ホントにふっとした思いつきっぽくて
楽しいうたでした。

2015年08月29日『ごはん』
「ごはんでも行こう」と言われ食欲は関係なしのごはんへ向かう/鹿沢和元
うたの日で見たときから、
あーこれ好きだなぁ
って思ったうたでした。
当ブログでも触れてますが、
その時はとても簡単な感想を書いてたんですね。
「ごはんでも行こう」って
デートの誘いとかそういう感じじゃなくて、
(誘った方は)お腹の減り加減と
そこそこの主体との親密さからの
「ごはん」の誘いだと思うんですが、
それに対して主体は
「食欲は関係なしのごはん」
っていうのが
すごく可愛くていいなって思いました。
お腹を満足させるごはんじゃなくて
気持を満足させるごはんだな、コレって。
しあわせな時間が想像されて
好きなうたです。

2015年10月03日『ピアノ』
ピアノにもパンダにもあるそれぞれの色が白黒印刷拒む
ピアノとパンダ、
色で言えばどちらも白と黒の組み合わせ
ではあるんだけど、
それをこのうたでは
「白黒印刷拒む」といいます。
うん、
たしかに、
黒インクかインク無しで印刷される
「白黒印刷」では
ピアノの白鍵と黒鍵とか
パンダの白い毛と黒い毛は
正しくは表現されませんよね。
なまじ
白と黒の組み合わせの色をしたもの
って認識されるものだからこそ、
白黒印刷、まんまやん!
って思われちゃったらかなわない
みたいな理由なのかなとか
思ったりしました。

2015年10月17日『ギリギリ』
ギリギリのところで星になれなくて地面に落ちた犬の遠吠え
このうたうたの日でみたときから
好きだったやつだ!
ってなりました。
とにかくまず、
「犬の遠吠え」が星になることがある
というのがうたの大前提としてあるらしいところが
面白いなって思います。
それが
「ギリギリのところで」なれなくて
「地面に落ちた」という。
で、
主体、あるいは作者は
この地面に落ちている「犬の遠吠え」を
多分見ているわけですよね。
それはそうとうに侘しい図なんではないかと思うと、
切ないなあって思います。

2016年06月09日『薬』
眠くなるくすりを飲んで君の言う「寝よう」は夢のほうの「寝よう」だ
「寝る」って
たしかにいくつかの意味がありますよね。
でも「夢」っていうのも
複数の意味があって、
結局、
正確にはどっちの「寝よう」って言ったと
主体が考えてるのかが
わからない罠、
みたいなところがあって
面白いうただなって思いました。
「眠くなるっくすりを飲んで」言うんで、
多分、「君」の意図する「寝よう」は
sleepの方の「寝よう」なんだろうなって思うんだけど。

2016年07月31日『イルカ』
イルカショー見終えたあとの涼しさでさよならを言いさよならをした
「さよならを言いさよならをした」
っていう下の句が印象的なうたって思います。
どっちかだけで、
意味は通ると思うんだけど、
ここをあえて重ねたことで、
さらっと空虚な感じがあるかなぁって気がします。
「イルカショー見終えたあとの涼しさ」
っていう感覚もいいなぁ。
「ショー」「涼しさ」が
下の句の「さよなら」の音と繋がって、
空虚さはあるけどウェットさがなくて
さらっと別れる感じに通じるように思いました。

2016年10月17日『答』
質問のかたちじゃなくてもいいからね全部にうんって答えていくよ
当ブログで感想を書いたとき、
これはなかなか攻撃的なうた
って書きました。
「全部にうんって答えていく」
って、全部肯定するよってことなので
それはとても平和な宣言のようにも
思えるんですが、
とにかく問答無用で肯定する
っていうのは
ちょっと挑発的だなぁって気もします。
「いくよ」の「よ」が
より挑発的に思わせるのかも。
しかも
「質問のかたちじゃなくてもいいからね」
っていう。
じゃあ、
どういう意味の「うん」なんだ
って思うと、
うーんこれはやっぱり攻撃的。
この攻撃的な感じが面白いなって思ったうたでした。

2017年07月20日『激』
雨降りのほうからやって来た人が「激しかった」と濡れたまま言う
言ってみれば、
ただそれだけのこと
のようにも思えますが、
なんだか妙に惹かれるものがあるうた。
全身びっしょりに濡れた人が
体を拭くとかもしないで
まず「激しかった」
って雨の情況を伝えてくれる。
このかぎかっこ付きの
「激しかった」
が臨場感あるなって思います。

2017年08月04日『真夏』
海へゆく途中で恋人ができて青より赤を見たくなってる
このうた、ホント
「真夏」っぽいなぁって思いました。
まずとにかく
うたの調べがスムーズで、
このなめらかなスピード感が
「真夏」だなぁって気がします。
「海へゆく途中で恋人ができて」
っていう強引な感じと、
海の青色よりももっと別の色が見たくなっちゃう
っていう理不尽さ、
いいな、好きだなあって思います。

うたの日の人々 <小川けいとさん>

小川けいとさんは正直にいって、
わたしからライバル視されているので
気をつけてください。
というのは
半分ぐらいは冗談なんですけども。
結社誌で読む小川さんの作品は
都市部で働く独身女性の姿が
彷彿とさせられるような、
いや、
田舎で暮らす既婚のわたしが読んでも
身につまされるようなところのある
リアルなうたが多いんですが、
うたの日の投稿歌は、
もうちょっと力が抜けてて
怖かったりチャーミングだったり
いろんな顔が見えるところが
とっても楽しいなって思います。


2015年08月21日『みそ汁』
デパ地下で見知らぬ町の味噌を買い見知らぬ味でホッとする夜
味噌汁でホッとする、
いやー日本人ならではですねー
みたいな話ではなくって
このうたの「ホッとする」感じの
複雑さが好きだなぁって思います。
デパ地下で、多分行ったことのない地名のついた、
見た事のないパッケージの「味噌」を買った
んじゃないかなあとまず想像します。
下世話な話になるけど、
多分、味噌としてはまあまあいい感じに
お値段も張ったんじゃないかと。
そして、家に帰って、
早速そのお味噌で「みそ汁」をつくって、
それが、
ちゃんと「見知らぬ味」だったことに
「ホッとする」わけです。
やっぱり知らない味だった。
よかった、間違いなかった。
いつもと同じ味では飽きるから、
とか、
そういう理由でもないんだけど、
なんとなく今日は知らない味を知りたい
みたいな気持が主体にはあったのかもなあって
思ったりします。
ゆるい緊張と弛緩、
みたいな感じがあってすきなうたでした。

2015年08月26日『シングル』
サービスと言われツインに通されて無人のベッドを見ながら眠る
例えば予約かチェックインのときに、
なにかホテル側の不手際があったとか
そういう背景があるのかな
って思います。
まあ、シングル予約してたのに、
行ってみたらシングルが満室だったとか
そんなところかなと思いますが。
一人でひろびろとベッドが使えるダブルならまだしも
ツインって
横に「無人のベッド」があるだけ
という。
でも、
多分「サービス」なので、料金はシングルのままだろうし、
文句はない、
文句はないけども……
っていうもやもやした感じの
トホホな夜に
思わずちょっと笑ってしまううたでした。
侘しい系とほほ、大好きなんです、わたし。

2015年12月22日『いいえ』
黄さんのいいえは強く溌剌としている中国風味のいいえ
このうたも好きでした。
小川さんのうたには中国(あるいは台湾?)あたりのうたが
たまに登場します。
明るくて力強くて暖かい感じのうたが多くて
どれも魅力的なんですよね。
国として、あるいは場所としての中国ではなくて
中国に住む人物そのものが
描かれていることが多い
ということもあるのかも。
この黄さんも魅力的なキャラクターなんだろうな
って気がします。
きっぱりはっきり「強く溌剌と」
「いいえ」が言える黄さん。
発音自体も中国語なまりがあるんだろうけども、
日本人ならそこではっきり「いいえ」はいえないかも
というような場面でも
ちゃんと「いいえ」が言えるところも
「中国風味のいいえ」だと、
感じたところなのかも知れません。

2016年04月13日『期待』
期待には過剰に応える主義なので丸鶏一羽買いに行きます
このうたもめちゃ楽しいうたで
しかもなんか美味しそうな予感がするので
幸せそうなところも
いいなって思います。
「期待には」「過剰に答える」「主義なので」
っていう歯切れのいいリズムも
いいなぁって思います。
「なので」っていうの、
ちょっと挑戦的な雰囲気もあって
うっすらとドヤぁって感じもするのが
またいいんですよね。

「丸鶏一羽」の
妙に心躍るフレーズが
ちょっともうやられたなあって感じ。

2016年10月18日『外』
君はもう外側にいて冷めた目で私がたたむ傘を見ている
うわもうちょっとこれは
その情況を想像するだけで
いたたまれない気持になるな
って思ったうたでした。
うたの日でこのうたに票を入れたときも、
やっぱり、いたたまれないな
って思ったんですが、
うーん、つら過ぎる……。
「私」が傘をたたんでいる、
という場面で、
「君はもう外側に」いるので、
これは、
雨が降ってる間、
「私」の傘の中にいた
って前提があるんだと思われます。
雨が止んで、
もう相合傘する必要も、
っていうか傘を差す必要もなくなって、
持ち主が傘を畳んでるのを、
この人は!
「冷めた目で」「傘を見ている」という。
いや、
どういう関係の人かわかりませんが、
その間を持たすために
何か話をするとか、
せめて違う方向を見るとかしろよ
って、
短歌の中の出来事で、
「冷めた目」っていうのも
主体の主観なのに、
いらっとしちゃうわたし。
いろんな感情が揺り動かされるうたでした。

2016年10月19日『田中』
寄りかかる隣の人は田中さん外し忘れた名札が示す
電車とかバスとかでのワンシーンでしょうか。
まなざしがやさしいなって思います。
眠ってしまった隣の人に寄りかかられる
みたいなことって
よくあることだと思うんですが、
正直あんまりいい気持はしないと思うんです。
主体も、
もー
とか思いながら
ちらっと隣の人を見たんじゃないかな。
で、
その眠っちゃった隣の人の胸元に
名札があって、
その人が「田中」という人物と知る、と。
で、この「外し忘れた名札が示す」ものは、
もちろんこの人が「田中」さんだ
ということもですが、
名札を外し忘れて
電車に乗っちゃってるってことで、
お疲れなのかもしれないな
ってふっと思ったんじゃないかなって
気がするんですよね。
主体ももちろん疲れてて、
ふっと何か共感(片方は眠ってるんですが)
するものがあった、
みたいなところが
単なる隣の人から「田中さん」
っていう認識に変えたんじゃないかな
って気がします。

2017年02月06日『サナギ』
夏の夜に我の中から這い出したあれがクローゼットで蛹に
小川さんのうたには
時々、この世のモノではないもの、
みたいなこわいものを詠んだうたがあるんですが、
このうたもそう、
こわいうたで惹かれます。
でね、
このうたのこわいところは
この世のモノではない
わけではないかも知れない
ってところにあるんじゃないかな
って気がします。
「我の中から這い出したあれ」
ですし。
このうたがうたの日に出されたのが
2月6日なので、
単純ではありますが、
このうたの現在は冬である
と、わたしは読みました。
ある冬の日、
クローゼットの壁面に、
何の蛹かは分かりませんが、
とにかく蛹が
びしっと張り付いているのを発見した主体。
その時、ふっと
これは自分の中から出てきたものじゃないか
と思って、
だとしたらきっと、
あの夏の夜の、
どよどよした気持の夜に
「我の中から這い出した」やつじゃないか
って思ったんじゃないかな。
で、
あんまりそれは良い感情から出たものじゃなくて、
しかも
現在は蛹、
いつそれが、どういう形で羽化を見るんだろうかと
ぞわぞわしてる……
みたいな感じによんで、
こわーえぐーって思って、
大好きなうたでした。

2017年05月02日『藻』
どうせならおんなじ海がいいだろう淡路の鯛に淡路の藻塩
ご本人のツイート内容も
そうだったりするんですが、
小川さんのうたは
食べ物がよく登場します。
しかもわりと主役にそれが据えられてて、
そういう「らしさ」も
楽しいなぁって思います。
このうたは
「淡路の鯛に淡路の藻塩」。
うーん、文字だけでも美味しそう。
ってそれももちろん魅力ですが、
このうたの面白さはやっぱり
上の句の
「どうせならおんなじ海がいいだろう」
にあるなぁって気がします。
たしかに、
料理の材料を同じ産地でそろえるのって
いいって聞きますよね。
でも、このうたの主体の言葉は、
どちらかというと、
この「鯛」と「藻塩」に投げかけられてるみたいで、
そのなんともいえない
斜め上目線が面白いなあって思いました。
「鯛」も「藻塩」も、
実際のところは、
どうでもいいわ
って思ってるかもとか
そんなことまで考えて楽しいうたでした。

2017年08月20日『祭』
電車から見たお祭りに行きたくて降りて聞いても誰も知らない
このうた、
ぞわっと怖くておもしろいうたでした。
一首だけで完成した短編小説みたい。
「電車から見たお祭り」
「お祭りに行きたくて降りて」
「聞いても誰も知らない」
というストーリーの、
前も後ろも想像させない感じが
めっちゃすてきだなって思いました。
日常からふっとずれたところにある異世界感に
少しだけ触れた人、
みたいな感じ、
すごく好きなうたです。

2017年08月24日『濃』
押し付けに近い提案ばかりする上司の淹れるコーヒーは濃い
「○○職人の朝は早い」
的な、
「上司の淹れるコーヒーは濃い」
っていう下の句が
味があってすきだなぁ。
しかも、
その味について言及してるってことは
コーヒー、
淹れてくれるんですね。
それが
ちょ……やめてくださいその提案……
みたいなことばかりする上司だとしても
なんとなく
憎めないチャーミングな感じがあって
好きな雰囲気のうたでした。

うたの日の人々 <笠和ささねさん>

笠和ささねさんのどことなく湿り気のあるユーモアとか
陰のある笑いとかが好きだなぁって思います。
あと、
意外性の突き抜け方が思い切りよくて、
そこも好き。
そういえば、
うたの日の参加者さんの中には、
何人か男性なのか女性なのか
分からない人がいらっしゃいますが、
じつは笠和さんも、
はっきりと分からない人の一人。
でも、うたを読んでて
作者の性別なんてあんまり関係ないのかもな
って思わせるようなうたを
読まれる方でもある
って気がします。

2015年12月13日『的』
腰を落ち着けない君に当てるため門を叩いた流鏑馬の会
「腰を落ち着けない君」
なので、
実際に攻撃するための矢ではなくて
ハートに射る恋の矢ではないかなって思います。
が、
そのために
「流鏑馬の会」の門を叩く
っていう迂遠な方法というにも
ちょっとずれすぎてる発想が
めっちゃ面白いなって思います。
どことなく大真面目っぽくて
これは本当に(短歌上の事実としてですが)
流鏑馬の会に入会しそうな勢いがあるな
って思ううたでした。

2015年12月19日『温泉』
制服も少し世慣れた香りする温泉街から通う級友
このうた、
めちゃ好きですね。
「世慣れた香り」「温泉街」
に、
「制服」「級友」。
よく考えたら男とも女とも分からない
「級友」なんですが、
上村一夫の描くような
切れ長の目の少女とかが浮かんで来ます。
内心ちょっと憧れに似たモノを抱きつつ、
近寄りがたくも思ってる
大人びたクラスメイトを見るまなざし
みたいなものが感じられて
うーん、いいな
かすかな淫靡さがめちゃいいなって思いました。

2015年12月24日『前』
クリスマスケーキを君とわかち合ういちごハウスの夜景を前に
このうたも、
すごーく好きで
そうだ、ハートを入れたんだっけ
とか思い出します。
当ブログで感想を書かせてもらったんですが、
上の句の
「クリスマスケーキ」を「わかち合う」
っていうあたたかな情景と、
灯りのともったビニールハウスが並ぶ、
多分昼間見たらちっともロマンチックにならない風景
っていうのが
妙にリアルでいいなって思います。
わたしが田舎育ちだから余計に、かな。
ハウスの中でいちご栽培をしてるって
最初から知ってるというところから、
多分、このケーキを食べてる場所は
主体に自宅と思うんですよ。
クリスマスケーキにも多分いちごが乗っていて、
窓の向うには、
いちご栽培のビニールハウスが
夜を点してる。
なんかどう表現したらいいのか分かりませんが、
胸がほわっと温かくなるうたって思います。

2016年04月09日『土曜日』
土曜日のビームライフル実弾で人を撃つ日が怖くて行けず
「土曜日の/ビームライフル実弾で人を撃つ日」
というのがひとつながりのフレーズ
と、読めないこともないんですが、
「ビームライフル」で
「実弾」っていうのも変な話なので、
やっぱり
「土曜日のビームライフル/実弾で~」
という切れになってるんだろうなと
改めてまず思いました。
となると、
(土曜日の)「ビームライフル」と
「実弾で人を撃つ日」
は別の日、
多分後者は平日と思われるんですよね。
実際に
「実弾で人を撃つ」
わけではないにしろ、
平日の外の世界には
主体にとって怖いこと、
誰かを傷つけて、自分を傷つけるかもしれないことが
起る可能性がある場所で、
それよりはずっと
「土曜日のビームライフル」、
ゲーム画面などで架空の武器を使って、
架空の戦いをしている方がマシ
って思っているのかなって思いました。

2016年06月10日『自由詠』
髪型のせいかなぼくもラプンツェルだったと知らず読んでた童話
どうも、
うたの日で自分が票を入れたうたばかり
ここでも選んでしまうきらいがあって
どうしたもんかなぁって思ってます。
まあ、それはおいておいて。
このうたも、
ぱっと見に、
どこで切って読むのかなって
思ってしまうようなうたですが、
「髪型のせいかな/ぼくもラプンツェルだった
と知らず/読んでた童話」
と切って読みました。
「ぼくもラプンツェルだった」
という気付き、
意外性があって、おおぅって思いました。
ただ、
ラプンツェルのような
長い長い髪がなかったので、
そうだと気がつかなかった。
気がつかずに、
自分の物語であるはずのこの童話を
他人事のように読んでいた。
でも、あのころ「ぼく」は
たしかに「ラプンツェル」のように、
高い塔に囚われて育ってたんだ
みたいな感じかな。
「ぼくもラプンツェルだった」
ということ以上に、
それに気がつかずに、
その童話を読んでいたことに
主体の気持があるところがいいなって気がします。

2016年11月15日『悪』
ねぇ どうして インコがページ噛んだこと返すときうまく言えないんだろう
なぜドリカム?
って不思議な気持になるんですが、
「ねぇ どうして」「うまく言えないんだろう」
っていうスタイルが
じわじわ来るなって思いました。
「インコがページ噛んだこと」
って、なんか凄いなぁ。
なんか凄くて、可笑しくて、
じわじわかなしい感じがして
好きなうたです。

2017年01月22日『瞼』
ねえわかる?話を聞いてない君を瞼に描いた目で見ているの
このうたも、
凄くて、可笑しくて、
それから
うわーって悲しい気持になっちゃうた。
「ねえわかる?」
なんて言ってるけど、
こんなこと言わせるっていうことは
この「君」は
「話を聞いてない」だけじゃなくて
主体を見てもない
っていうことなんですよね。
つら過ぎる……
しかもそのつらいシーンに、
瞼の上から目を描いた女の子が
ずっと目を閉じながら喋ってる
かと思うと、
いたたまれないな
って思ううたでした。

2017年03月05日『館』
館の字が舘ひろしって見えたほど泣きたがってる 信号待ちで
「舘ひろし」っていうと、
今でもやっぱり「泣かないで」イメージ
で、いいんでしょうか。
何かの看板の文字なのかな
「館」という文字が
「舘」ではなくて、
そこを通り越してもう
「舘ひろし」に見えてしまって、
そこから
舘ひろしのヒット曲「泣かないで」が
多分脳内にふっと現れて……
っていうところも
まるっと通り越して、
ああ、自分はそうやって言われちゃうぐらいに
「泣きたがって」いたんだって
気がつく。
このスピード感のある飛ばし方が
面白くて好きだなぁって思います。
一マス空けの結句「信号待ちで」あたりで
ちょっとだけ落ち着いてる感じなところも
なんとなくツボでした。

2017年04月30日『糸』
冬鳥の旅立つ頃だアクリルの毛糸が指をやすりがけする
「アクリルの毛糸が指をやすりがけする」
っていうのが、
わかるようなわからないような
そんな情景なんですが、
例えば、
アクリルの毛糸で何か編み物をしてて、
指をこすっていく毛糸の摩擦を
「やすりがけ」
って表現されているのか、
あるいは、
アクリル毛糸って、ほら、
エコたわしとかつくったりするので、
そのアクリル毛糸製のエコたわしで
何かをこすってて指を……
ということなのかなと思ったりします。
どちらにしても
室内で多分一人でやってるんじゃないかな
って想像します。
で、
今ごろ冬鳥は……と想像してる。
その想像の飛ばし方が好きだなぁって思います。

| ホーム |


前のページ «  ホーム  » 次のページ