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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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仕切り直しのご挨拶

この間、ちょっとこのブログをスリムにしてみようと思い立って、
うたの日関係と題詠blog2015関係以外は消してしまいました。
あ、コメントいただいた記事は残しましたが。
50ぐらいの記事を消したのかな。
で、
気持も新たに再スタートを切ろうかな、と
思ってる次第です。

備忘録的に
(前にも一度そういうのを記事にして、
今回消したんですが)
今までのしま・しましま短歌史みたいなのを
簡単に残しておきます。

2014年秋ぐらいに、短歌面白そうって思い始める
じゃあって実作しようとしてみて、
57577のリズムになかなか馴染めなくて、
ブログのタイトルなんかで馴らしていって、
2014年12月1日から、
ブログでちょこちょこっと「短歌」として出し始める。
(「ひみつの海」を作ってからはそっちで短歌はほとんどしてないですね)

2015年1月にツイッターを始める。
同時期に「うたの日」にも参加。
2月から「題詠blog2015」に参加。
題詠blog用に、本ブログ「ひみつの海」を作る。

この年の夏頃にはすでに短歌にドハマリしてたので、
結社に入ることを視野に入れてました。
ちょっと事情があって、実際は入らなかったんですけども。

この年の秋に、初歌会、吟行歌会に参加。
今のところこれが唯一の歌会体験ですね。

2016年の2月に未来短歌会の入会を決めて、
未来5月号から掲載。
7月に松江であった
「現代歌人集会・春季大会」
にもぐりこんで、大辻隆弘氏と吉川宏志氏の講演を聞いてきました。
初短歌イベント潜入という感じでした。

2017年4月から、
うたの日関連の「R-2ぐらんぷり2017」でコンビを組ませてもらった
雀來豆さんと、
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」
というネプリを、
今のところほぼ毎月一度出させてもらってます。

うーん、ざっとしたところではこんな感じかな。

その間の細かい活動としては
2015年に「うたらば」に三回ぐらい投稿したのかな。
あと、枡野浩一さんの「光の短歌」と
「なんたる星大賞」
「第二回ぺんぎんぱんつ賞」
に応募しました。

参加したネプリは
「ぺんぎんぱんつ」のサングラス企画のやつと(一首)
たかはしりおこさんの「句またがりネプリ」(一首)
千原こはぎさんの「獅子座同盟4」(連作)
「おいしい短歌」(連作)
知己凛さんの「いろとりどり」ネプリ(連作)

個人で出したネプリが
「百分の三十」
「ああ、これはフエキどうぶつのりの匂いだ」
「よこしま」
「いきものあつめ、それか犬」
「なんてさみしいバスだろう わたしを入れても三人なのね」
「お腹いたいっていいながら胃の辺りを押さえる」
「前にみた夢もよく覚えています/花束のリボンをハサミで切りひらく」
「ウザイとウッサイ」
の8つかな。

あんまり投稿してなくて、
「未来短歌会」以外はほぼネットかなあ。
たまに遊びで連作を編んだりします。
このブログでも12ほど、
そういう遊びの連作をこの前までアップしてましたが
それ以外にもツイッターで連作を流したりしてました。

まあそんな感じかなと思います。
現在継続してやってるのが
未来短歌会とうたの日、
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」
あとツイッターでたまに流すもの、
というところでしょうか。

次回からうたの日の感想を再開して、
あと何かこのブログで出来ることを
考えようと思ってますー。
ということで、またよろしくお願いします。

6月よりぬきうたの日さん


6月中にうたの日に出した投稿したものは
全部で18首

その中から
自分的に好きだったものをいくつか。

6月9日「SEX」
肌なじみよすぎる恋の生ぬるく空のグラスに張り付いている

6月10日「自由詠」
きみがまだ友達だったらよかったなオニポテのポテあげられたのに

6月13日「器」
食べ残すつもりのねぎをどんぶりの縁に寄せつつ愛を語るな

6月15日「方言で詠む」
階段のあかりつけんで上るとき歌っとったねふるさとの歌

6月25日「粋」
ジップロックでしまってあげるこれ以上一語も抜粋されないように

6月26日「死語」
河童らが次々ドロンしていけば静かなカルビーかっぱえびせん工場

6月29日「随分」
ずいぶんとやさしい声で切り出してチーズ・イン・ハンバーグ手付かずのまま

6月30日「水たまり」
この町で生まれ育った この町で今朝ふたつめの水たまり跨ぎ

今月はねー、
全然短歌の頭にならなくて
ホントに、どうなんだって感じでした。
そのうち、ちょっとは短歌詠もう!って
気持が盛り上るかと期待してたんですけども。

4月のうたの日に出した文語短歌 後半

フレンチフライポテトと無料Wi-Fiと 靴のつま先ぶつけあひつつ
「Wi-Fi」
モスバーガーでの軽いスケッチ風に。
なにもかも言い切らない軽い感じも面白いかなって。

閉架より森林浴のバスボムの香りを隠し君は来たりき
「隠」
図書館って森って感じですよね。
中でも閉架書庫は人が立ち入らない深い深い森。
ただ、このイメージって
普遍的なものなのか、
自分のオリジナルなのか、
あるいは誰かのオリジナルが頭に残っちゃったのか
それが分らなかったので、
ちょっと回り道して「君」の方に森をくっつけました。

迷ひ子の一人だらうか灯を消したのちも深夜の窓を打つ虫
「深夜」
かなぶん的な虫ならいいんだけど、
大きい蛾的な虫だと、
ちょっとおおっってなりますね。

何もかも遠き朧になつてゆく夜の花束腑分けせしとき
「花束」
「朧」と「腑分け」の「腑」が対になるような感じを
意識して漢字にしてみました。

スチールのメジャーテープのびゆるるんと夜の一部を巻き込みてゆく
「巻」
「びゆるるん」か「ゆるるん」か。
評を頂いて、
あー、たしかに他に旧仮名遣いに変換する箇所がないと
そうも読めるなぁって気付かされました。

好きなだけ泣かせておけよステンレスボウルのふえるわかめが言ひぬ
「泣」
昨日分に載せたマンホールのうたもそうですが、
セリフにあたる部分はどうしても口語にしておきたい。
スチールからのステンレス、という連想から出来たうたでした。

鮫の背のざらりざらりを跳び渡る兎はかくも磨り減つてゆく
「鮫」
鮫にどうアプローチしようか考えたんですが、
因幡の白兎にしました。
薔薇頂いてうれしかったです。

かさぶたの縁をめくりてハルゼミのまつすぐに降る森へ出でたり
「かさぶた」
実はずっとハルゼミで詠んでみたいなって思ってて、
それだけで満足。

夢叶へますの貼り紙誰ひとり開くことなき電話ボックスに
「叶」
♪4つというどちらかというと残念な結果だったんですが
ツイッターではいいねをたくさん貰って
そういうのも面白いなぁと思ったりしました。

蛇口より迸る湯よ放つとは大地へ戻すことではないか
「放」
「迸る(ほとばしる)」の勢いを借りました。

極めて重き告白である粉末カップスープのコーンもざはめくほどに
「極」
これ!うっかり「ざはめく」ってやっちゃったんですが、
「ざわめく」でいいんですよね。
あとから、あーやっちゃったってなったうたでした。
ちなみに
「極めて重き-告白である/粉末カップ-スープのコーンも/ざわめくほどに」
と、読んでもらえると嬉しいやつでした。

分かち合へぬ温度がありぬ水槽を隔て華やぐものたちの群
「水槽」
このうたも、初句を字余りさせてみました。

4月のうたの日に出した文語短歌 前半

乾涸びし犬のうんこに立ち止るさくらさくらの影を被りつ
「うんこ」

眠る手にまだ握られしゼリーの匙ロマンティックよ永遠にあれ
「ロマンティック」
♪を4ついただいたうた。
お題の「ロマンティック」の出し方がやや唐突だった?

腿の傷そこだけ白く光りゐてなぞればひやり月の傾き
「傾」

三分で三回まはるメリーゴーラウンド春は飛び飛びに来ぬ
「自由詠」
ハート3つの薔薇。なんかたまたまもらえた薔薇みたい。

相槌と取られぬやうに腐心しつつそら豆みんな剥いてしまひぬ
「皆」
「ぬ」ってなんか好きなんですよね。

ここで一端セーブのために踏みませう公園前のあをいマンホール
「マン」
口語旧仮名遣いのうたになりました。

作文を読み上げられてゐし午後の中庭を横切る真つ青なホース
「作」

無意識にまた猫の毛を払ふしぐさ星屑くぐり来たかのやうに
「三句六音」
普段から字余り多めなので、
特にこの時は注意深く「三句六音」だけにしました。

晴れ晴れとさくらの散りてゆく春を障子ぴしやんと閉ぢてしまひぬ
「晴」

両腕のほくろ二人で見せあひて矢車菊のかさついてゆく
「ほくろ」

ゆふぐれを鼻のぼたんに沁み込ませくたびれゆきぬ縫ひぐるみらは
「ぬいぐるみ」
なんとなくだらっと
それこそくたびれた感じのリズムになってしまって
ちょっと反省。

立ち読みの少女に侍るユニコーンの鼻息頁を捲りたがりぬ
「想像上の生物」
「侍る(はべる)」が使いたかった。
「頁(ページ)」も敢えて漢字にしてみました。

あと100首ぐらいで2000首突破するらしいということ

ツイッターでもちらっとつぶやきましたが、
既発表作(ツイッター含)だけで、
あと100首ぐらいで2000首に到達するんだなって
なんとなくそれは感慨深いものがあるなぁって思いました。

わたしは俳句を結構長くやってて、
正直、俳句はたぶんこのまま頭打ち状態のまま終るんだろうな
って予感を持ってて、
なんか新しいことしたいなって思って、
そこから短歌の世界に飛び込んだわけです。
あ、もちろん俳句を捨てて、ではないですが。
最初は自分の軸は俳句にあって、
短歌は本気の遊び、って思ってたんですが、
うたの日っていう毎日開催のネット歌会に出会って、
それこそ毎日短歌を最低一首は詠むわけで、
そうなると、一ヶ月に十五句ぐらいしか詠まない俳句と比べても、
ほぼ倍なわけです。
うたの日は題詠なので、
題詠じゃないのも詠みたくなると、
それでまた俳句の三倍ぐらいにまでなっちゃう、と。
そうすると、主従逆転といいますか、
どっちがメインなんだろうなって思ったりするんですよね。
去年から短歌結社にも入って、
俳句結社と二足の草鞋状態ですし、
余計にね。

短歌の面白さって、
人それぞれ、短歌の捉え方の違いなんかもあるし、
ほんとに人それぞれなんだと思うけど、
わたしは自由に遊べるところが気に入ってます。
57577の定型って枠組みはありますが、
まあそのぐらいですよね。
文語で詠んでもいい、口語で詠んでもいい、
作中主体が自分自身でなくてもいい、
(これについては、わたし自身はわたしを詠むことが多いですが)
表記も、新かなでも旧かなでも、
アルファベットやその他の言語、記号を使ってもいい、
一首で成立させてもいいし、
複数首で完成させてもいいって
これはもうなんでもありやなぁって思うと、
嬉しくなっちゃいますね。
うたの日で今わたしは、
とりあえず4月いっぱいは文語旧仮名遣いでやってみよう
ってチャレンジをしてます。
口語短歌を見て、短歌を始めたので、
わたしがふつうに詠むときは完全に口語なんですが、
文語が出来ないから口語、
っていうのが嫌なんですよ。
文語と口語、どちらも詠んでみて、
今はやっぱりこっちがいいなって選んだ、
と自分で思える程度には文語もやっておきたい、
そんな感じです。
旧仮名なのは、これは文語は旧仮名でという
わたしのこだわりみたいなものですね。
今、わたしたちが普段使うのは新仮名なんだから、
新仮名の方がナチュラルじゃない?
っていう考え方もあるんだろうと思うんですが、
数はほんとに少ないはずではありますが、
「出る」の文語「いず」を「出ず」と表記していいのか?
みたいな気持もあって、
文語には旧仮名、というのはわたしのこだわり。
っていうか、
今更、言文一致とか?
みたいな気持もあります。
前述したみたいに、今短歌では何でも使えるのに、
あえて普段使いの新仮名しか使わないとか
別にそこまで自分で狭める必要あるのかなぁ
とか考えたりします。
ただね、一首、あるいは一連の短歌の中で、
旧仮名遣いと新仮名遣いが混じるのは、
これは基本なしって思います。
これはね、校正する人が困るからです。

と、だらだらと書いてきましたが、
わたしが書きたかったことは、
もうすぐ2000首!やっぱり短歌面白いなってことでした。

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